「はぁ、はぁ…はぁ、っく!」

汗が頬を伝う。
鋭い爪が何度も肌を切り裂こうと素早く伸びてくるが、間一髪でそれらを躱す、または斬魄刀で防いで時間を稼いでいた。

(もう少し、もう少し…!)

四番隊は元々戦闘を想定した訓練を日常的に受けているわけではない。
後方支援のため、というのもあるが、斬撃に自信がない者が四番隊へ配属希望を出す場合が多いのだ。
卯ノ花直々に稽古をつける時もあるが、それも非常に稀なこと。
虎徹自身、斬撃よりどちらかと言えば鬼道が得意であった。
それでも苦手を克服するために卯ノ花へ稽古を志願することもある。
しかし最近の藍染による騒動で稽古どころではなくなり、自主練も随分と疎かになっていた。
久々の戦闘に慣れていない身体は悲鳴を上げはじめ、息遣いも徐々に荒くなってきて、体力も限界に近づきつつあった。

『ナカなカヤリおル』
「っ!ま、だまだ…っ、ぅあ゛っ!?」

爪が脚を切り裂いた。
幸いかすり傷程度だったが、バランスを崩すには十分すぎる攻撃だった。

「虎徹副隊長!」
「私は、大丈夫です、っ!患者を、急いで!!」

すぐに体勢を立て直すも、素早い回避は難しくなってしまっていた。
山田が悲鳴に近い声で自分を呼ぶ声が聞こえたが、振り向きもせずにひたすら敵の攻撃を防いでいた。


「患者の移送、終わりました!」


その言葉が耳に届くのと、腹部に激痛が走ったのは同時だったと記憶している。

一瞬だった。
言葉を聞いて、ふと息をついた刹那、背後から貫かれた。

「ぐ、ぁ…っ」

ドクドクと赤い液体が虚の白く鋭い爪を伝って落ちていく。
中心から僅かに左を貫いたソレは、ゆっくりと身体から引き抜かれた。
重力に任せてドサリと地に伏し、地面に血が流れ出している。

(まだ、だめ、だ…、立た、なけれ、ば)

朦朧とする意識の中、いつの間にか手元から離れていた斬魄刀を握りしめ、それを支えにしながらゆっくりと立ち上がった。

『マダ立チ上ガるカ……イイ加減鬱陶シく思ウナァ』
『嬲リ殺シにシヨウ』
『ソウダ!ソウダ!』

気がつけば周りを複数の巨大虚が取り囲んでいた。
そのうちの1体、爪が赤く染まった虚が先程背後から貫いた個体だと理解するのに、朦朧とした頭では時間がかかった。

「い、かせま、せん…っ!」

ゼェゼェと息を吐きながら、刀を向けた。

『最早死ヌのヲゆルりト待ツダけダト思ッテイたガ……仕方アルまイ。生キタまマ喰ロウてヤロウ』

どうやら先程から声を発している個体が虚連中の親玉のようだった。
指をパチンと鳴らすと、どこからか現れた小さい虚が群がった。

「く、この…っ!」

しつこく纏わり付く虚たちを薙ぎ払えたと思えば、間髪いれずに巨大虚の攻撃が襲い来る。
辛うじて受け止めるも、満身創痍の身体は衝撃ではね飛ばされ、巨石に背中を強く打ちつけた。

「う゛ぐっ、…ぁ、!」

痛みで息も出来ずに蹲っていると、頭上に影が差した。

『コレデ終ワりダァ…死神』

巨大虚が鋭い爪を勢いよく振り下ろす姿が見えたのを最後に、強く目を閉じた。

(も、……う、ごか、ない……、

死ぬ、のは……や、だな、ぁ…)

貫かれる痛みから逃れるように。

自分を貫くはずだった巨大虚が、断末魔の雄叫びを上げて消える姿も。

その後ろから現れた影も見ることなく。

せめて安らかに逝けるように、そう思いながら意識を手放した。



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