「お兄ちゃん!明日祭りあるんやって!」
そう嬉しそうに笑った妹と、間近で見せられた派手なチラシを交互に見て、冴島はとうとう耐えきれず噴き出してしまった


妹を助けるため極道となってから何年か経った頃
ようやく神室町での暮らしにも慣れてきた
仕事を終えて帰宅すると冒頭のやり取りがあり、冴島はそれで散々笑った
そして頬を赤らめながらムスッとした表情を浮かべた妹の頭を優しく撫で「ほんならアイツも誘って明日行こか」と今度は穏やかな笑みを向けた
一瞬ポカンとした表情を浮かべた妹だったが、言葉の意味を理解すると花が咲いたように綺麗な笑顔を見せ、「うん!あ、浴衣あったかなぁ?お兄ちゃんも浴衣着る?はよ準備せんと」と慌ただしく部屋の奥へ入っていった

「フッ…どんだけ楽しみやねん」
「なにが?」
「なにが、って…!?」
小さく独り言を呟いたはずがいきなり背後からした声に冴島は思わず肩をびくつかせた
慌てて後ろを振り向くとそこには悪戯が成功した子どもみたいにケタケタ笑う男の姿
「真島…お前なぁ」
「今の兄弟おもろかったわー!なあもっかい!」
「アホか!はよ入れや!」
「へーへー」
真島と呼ばれた男は慣れた様子で靴を脱ぎ、「お邪魔しますー」と適当な挨拶を済ませてさっさと部屋へ入っていった



「祭り?」
「そ!明日あるんやって。真島さんも行こ?」
「兄弟は行くんか?」
3人で机を囲んで夕飯を食べていたら、自然と祭りの話題になった
「行くで」と冴島が答えると真島は妹に向き直り「せやったら俺は行かれへんやろ」と笑った
すると今まで散々楽しそうに話していた妹の表情が一転悲しげなものに変わり、そして小さく「…なんでなん?」と今にも泣きそうな声色で真島に尋ねた
「だって…せっかくの兄妹水入らずやろ?俺が邪魔しちゃ…」
「真島さんも一緒に、3人で祭り行かな意味ないの!」
珍しく駄々をこねる妹に真島は困り果てたのか、眉尻を下げながら冴島に助けを求めた
「兄弟…」
「諦めや。俺もお前と靖子の3人で行きたいねん」
「……あーもう!わかったよ!」
「兄弟、関西弁忘れとるで」
「うるせー!」
「やった!真島さんの分も浴衣あるからね!」
やれやれと顔を覆ってため息を吐く真島の肩を労るように叩いた冴島は、その時ちらりと見えた笑顔に気づかないフリをして小さく笑った




次の日の夜
バッチリと浴衣を着こんだ3人は、祭り会場の前にいた
「うわぁ…!すごいねぇ!すごいすごい!」
「はぐれたらあかんで」
「せやで靖子ちゃん。ちゃんとお兄ちゃんの手ぇ握っとき」
「うん!」
今にも走り出していきそうな妹に冴島が声をかけると、隣の真島からも同じように心配する声がかけられた
すると妹は冴島と真島それぞれの手をとり、「お兄ちゃんたちもはぐれたらあかんよ?」と笑顔を見せた
驚いた冴島は真島と顔を見合わせ、お互い我慢できず同時に噴き出した



それから3人は色んな屋台を回った
食べ物や景品で両腕がいっぱいになる頃にはもう祭りの時間も終わりに近づいていた
「楽しかったねぇ!」
妹はとても満足げで興奮冷めやらぬという調子だった
「あ、花火」
ふと真島が呟いた声と同時にひゅるるるる…と上がる音、それが消えたと思えば空に大輪の花が咲いた
「きれい…」
ポツリと妹の口から漏れた言葉に、冴島は「せやなぁ…」と小さく返した
しばらくぼーっと花火を見つめていた3人だったが、やがて一際大きな花火があがって、そして消えていった頃にようやく顔を見合わせた

「来年も3人で花火見よな?」
祭りが終わって寂しいのか切ない笑顔を向けた妹に2人が返事をすることはなく
冴島は代わりにこれでもかとその頭を撫でた
「また3人で花火見ような」
真島は『いつ』とは言わず妹に告げると、いつもの悪ガキのような笑顔を見せた







「結局、叶わんかったなぁ」
「なにがや?」
ニューセレナの屋上で、煙草をくゆらせる2人
今日夏祭りがあると知ったのは伊達からの情報だった
普段と喧騒の色合いが違うのはそういうことかと冴島は1人で納得していた
「靖子との約束」
「…あー……せやなぁ」
奇しくも、3人で行った祭りは襲撃事件の起こる1年前
あの夜が最期になってしまった
「花火、また見たかったなぁ」
煙を吐きながら冴島がボヤくと、真島は「花火なら見れるやろ」と空を指さした
冴島がそこを向くと同時に、大輪の花が咲いた
パラパラ…と消える花火をぼーっと眺めていると「靖子ちゃんは特等席で見とる」と真島は呟いた
「特等席?」
「空の上から花火独り占めや」
せやろ?と言いながら真島が笑みを浮かべると「…アホか」と冴島は真島の頭を乱暴に撫でた
「ちょ…!何すんねんドアホ!」
流石に痛かったのかその手を払いのけた真島に、冴島は「おおきにな」と笑った
「…」
「また、見ような」
「……せやな。今度はもっとゴッツイの打ち上げたる」
「そら楽しみやわ」

それはもうすぐ春も終わろうかというある日の夜のこと


おしまい



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