4歳の頃、龍司はとある事件で東京の刑事に母親ともども助けられ、なんやかんやあって大阪に住むことになった
しばらくは関西の巨大勢力である近江連合の会長である郷田仁から庇護を受けながら生活していた
幼かった龍司は比較的早く馴染んだが母親はそうでもなかったようで、龍司が9歳になった頃東京の刑事のもとへいってしまった
龍司は、唯一の肉親がいない寂しさを誰にも打ち明けることなく心の奥底へ押し込んでいた

そんな生活を送りはじめてから近江連合の本部へ行く機会が増えた
義父の郷田が龍司の思っていた以上に心配性で、養子になるまではなかった送迎を行うようになり、そのまま本部へ…というのが日常になっていた
本部に到着しても義父の仕事が終わるまで宿題をしていることが殆どだが、その日はそれも終わってしまって手持ち無沙汰になっていた
本部内を散策しようとしても幹部会の真っ最中で厳戒態勢が敷かれており自由に歩くこともままならない

(…暇やなあ)

1人でいるのは嫌いじゃなかった
郷田の養子になってから龍司は孤立するようになったが、すすんでそのようになっている節があった
それは以前まで仲良く遊んでいた友人たちを、ヤクザがらみで面倒ごとに巻き込まないようにするためでもあった

「おれは1人でも平気やし…」

誰もいない庭園を縁側から眺めながら小さく零れたつよがりは、誰の耳にも届かずに呆気なく消えていった
その日から、龍司は義父の仕事が終わるまでそこで過ごすことが日課になった


この頃、龍司はあることに悩まされていた
夜中何かの軋む音が聞こえた気がして目が覚め、その瞬間足に激痛がはしる
耐えきれず漏れそうになった呻き声を、枕に顔を埋めて殺した
それは頻度を増していき、日常となりつつあった

それは夜中になることが多いが、時折昼間でも痛むことがあった
いつものように縁側でぼーっとしていると、突如痛みが訪れた

「っ…!ぐ、ぅ…」

思わず蹲り痛む膝を押さえるが効果はない

(いたい、痛い、…いたい!)

痛みを誤魔化すために今度は強い力でガンガンと殴りつけた

「なーにしとんねん、坊」

いきなり聞こえた声と殴りつける腕をとられ、龍司は驚いて後ろを振り返った

「ぁ…、にし、たにの、おっちゃ…」

そこには最近顔馴染みになった男、西谷が立っていた


西谷は龍司が縁側に来はじめてからしばらくして現れるようになった

「幹部会なんて硬っ苦しいモン性に合わん」

スキを見て抜け出してきたと言った彼に呆れつつ、1人じゃなくなったことに龍司は少し嬉しく思っていた
それからは色んな話をするようになった
学校の他愛もない話やら、蒼天堀で会った面白い人の話やら、話すことは様々だが西谷はいつも大袈裟なリアクションで相槌をうつので喋ってて楽しかった
西谷も色んな話をしてくれた
こういう仕事をしたとかこういう女を抱いたとか、龍司にはよく分からないことばかりだったが、妙に想像を掻き立てられてとても面白かった


「それは成長痛ってやつやな」
「せいちょうつう?」
「せや。ワシもよー分からへんけどな?簡単にいうと坊が立派に成長しとる証拠や」

そのうちワシの背ぇも越してまうかもなぁ、とケタケタ笑いながらタバコの煙を吐き出す西谷に「アホか」と呆れた

「寝るときとかめっちゃ痛いねん…どないしたらええんやろ」

龍司の問いかけに、西谷は少し思案したあと「あっためたらええんちゃう?」と答えを返した

「…テキトーやな」

人が真剣に悩んでいるのに、と恨みがましく睨むが西谷は相変わらず笑っている

「せやけどあっためたら案外治るもんやで」

そう言っておもむろに龍司の膝へ手を当てた
じんわりと温もりが伝わり、龍司は何故かほっとした

「“手当て”っちゅーんもなかなか言い得て妙やろ」

したり顔で龍司を見る西谷に「せやな」と返したあと、急に眠気が襲ってきた

「おっちゃん…ねむなってきた」
「寝たらええやん」
「ん〜………」
「おいコラ、なにしとんねん」
「…………ぐぅ」
「…ワシの膝を枕にすな。こら坊、起きろや」

坊、と呼ぶ西谷の声を遠くに聞きながら、龍司はとうとう意識を手放した



「龍司、帰るで」

ゆさゆさと身体を揺らされて、龍司はゆっくりと目を開けた

「……おやじ?あれ……おっちゃんは?」

寝ぼけた頭で郷田の顔を眺め、キョロキョロとさっきまで一緒にいたはずの男を探したが、西谷はどこにもいなかった

「誰のことや?」
「んー……にしたにの、おっちゃん……さっきまでおったのに…」
「あんのドアホ…おらんと思ったらこないなとこでサボっとったんか…今度来たらゲンコツじゃ済まんで…」

ブツブツとなにか物騒なことを呟く郷田の言葉を聞き流しながら龍司は大きく欠伸をした



3年後
龍司が蒼天堀で眼帯の男と出会ってからしばらくして、あの日以来本部へ来なくなった西谷が突然龍司の前に現れた

「おっちゃんやん。どないしたん?」
「お前、坊か!ほんまにワシよりデカなっとるやんけ!ゴッツイなぁ…ええ男やなぁ坊は」
「せやろ。ガキの成長は早いんやで」

西谷が何故恍惚とした顔をしているのかはよくわからないが、褒められているのは素直に嬉しかった

「坊は将来もっとええ男になるわ。ワシが保証したる!」

いつもの胡散臭い笑みを浮かべて親指を立てる西谷に呆れつつも笑ってしまった

「ほな、もう行くわ」
「もう行くんか?」
「誰かに見つかる前にトンズラするわ」

悪戯っ子のような笑みを浮かべて「ほな!」と別れを告げた西谷に、龍司は「またな」と笑って軽く手を振った



それが、龍司が見た西谷の最期だった
義父から西谷の死を聞かされた時、龍司は容易く受け入れられた
極道の世界とはそういうものだと
いつどこで誰が死んでもおかしくないのだと
目の前にいる義父も今この瞬間殺されるかもしれない
そういう世界にいるのだと
受け入れて、納得して、理解して、涙がこぼれた
あの暖かかった手はもうないのだ
独特な声も、喋り方も、二度と見ることはないのだ
ポロポロと涙を零す龍司を、郷田は黙って強く抱きしめた




神室町で移動式のたこ焼き屋を始めてから1ヶ月が経った
義手でクルクルと丸く形作るのも今や手馴れたものだ

「儲かっとるかー?」
「…なんや、あんたか」
「なんやとはなんや!こちとら客やぞ!」
「へーへー。で、何にしはるんですか」

お客さん、と呼ばれて“安全第一”と書かれたヘルメットを被った眼帯の男は不貞腐れながら「…いつもので頼むわ」と低い声で答えた

「ほれ」
「…相変わらずええ仕事するなぁ」
「そりゃプロやからな」
「そーやったな」

ヒヒ、と笑った男
不意に西谷が重なった

(…まさか、な)

頭を横に振って再び男を見ると、美味しそうにたこ焼きを頬張っていた
この際だから聞いてみても罰は当たるまい

「なぁ」
「なんや?」
「この際やから聞いときたいんやけど」
「だからなんやねん」
「アンタが蒼天堀におった頃―……」





おしまい



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