01




俺が自らの裡に棲む何かに気づいたのは今よりも随分幼い頃だ。
それと同時に、愚かな片割れにも同じものが棲んでいるのが分かった。

きっかけはよく覚えている。
俺たちが父と呼ぶべき男は低俗で下劣な屑だった。
母と呼ぶべき女は知らん男と手を繋いでどこかへ行ったきり。
ろくに顔も覚えていない。
そこから父は変わった。
朝から浴びるように酒を飲み、俺たちのすることが気に食わなければ容赦なく殴る蹴る。
そんな毎日を送っていたある日、だ。
俺は酔った父にリビングで組み敷かれた。
顔がどんどん近づいてきて、その時に嗅いだ酒の匂いが不快だったのを覚えている。
子どもの力では抵抗するだけ無駄だと本能で理解していた。
父の手が身体に触れ、蟲のように全身を撫でまわしていく感覚は今思い出すだけでも気色悪い。
父が首筋に噛みついたその時、部屋に入ってきたのが愚かな片割れだ。
その光景を見た片割れはすぐに割って入った。
「すくなにひどいことしないで」と泣きそうな、しかしはっきりとした声でそう言った。
続けて「かわりにオレがなんでもするから」と言ったあと振り向いた片割れは、兄の顔をして「だいじょうぶだよ」と笑った。
その後?あいつがヤられた。
俺は部屋から追い出され、鍵をかけられた。
すぐに聞こえてきたのは片割れの泣き叫ぶ声と父の下衆な笑い声だ。
「いやだ、やめて、いたい」と叫ぶ片割れに、父は「宿儺が同じ目にあっていいのか」とそう言って、黙らせる。
俺は朝まで部屋の外にいた。
鍵の開く音がして、最初に出てきたのは父だ。
部屋の中には不快な匂いが充満していて、その中心に片割れがいた。
父の出した精液で汚れた身体は小さく震えていて、俺が名を呼ぶと大きくビクついてゆっくり振り向いた。
犯されている間に何度か殴られたのだろう、腫れた頬と血が滲む口端に、精一杯の笑顔を貼り付けて片割れは「だいじょうぶ」と枯れた声で言った。
その瞬間ドクンと心臓が高鳴り、裡に潜む何かが目を覚ました気がした。

その日から片割れは俺に触れてくることをしなくなった。
こちらから触れることも拒んだ。
大方、父によって汚された身体に触れられたくなかったのだろう。
なら俺が同じような目に遭えば気に病む必要も無いのだろうか、などと考えていた。
そして数日後、俺は俺を片割れと勘違いした父に犯された。
蟲のように這い回る手、口の中を蹂躙する舌、容赦なく中を貫く父の欲の塊。
何もかもが不快だった。

父は、その後帰宅した片割れに刺された。
何度も何度も、己が返り血で染まるほど。
呻き声すら上げなくなった父を無表情で刺し続ける片割れの中にも、俺と同じものがいると確信したのはその時だ。
それまではいるんだろうとは思っても、聞くことはできなかったからな。
枯れた声で「ゆうじ」と呼ぶと、すぐにこちらを向いて抱きしめてきた。
「ごめんな、こわかったろ」と泣きじゃくる片割れに、「こわくはない」と返した。
片割れについた返り血が腹にべっとりとついたのが不快だった。
その時の俺たちには身体中に奇妙な紋様が浮き出ていたがすぐに消えた。
とりあえず119番して父を運ばせ、俺たちは祖父の家に世話になることになった。

父はその日死亡が確認された。





「…………で、なんでその話を僕にするのかな?」

軽薄さを擬人化したらこんな姿なのだろう、と思わせる笑みを浮かべた目の前の男は、分かっているであろう答えを言わせようとする魂胆が見え見えで小さく舌打ちした。

「……お前は我が愚兄が信頼している数少ない大人だからな」
「へぇ、それは光栄だ」
「彼奴は人誑しだ。気に入ればすぐ己の懐へ引き込んでしまう」
「それが心配だから守ってほしいって?」
「…………理解できたのなら行動に移せ」

ここは保健室で、隣には片割れが熱を出して寝ている。
見舞い兼サボりで訪れたこの場所で、同じ理由で来ていた五条悟と鉢合わせ、押し倒された。
不愉快だが、片割れを守る存在は必要だと思い時間稼ぎがてら奴の過去を話して同情を誘った。
なぜならそれらが傷つけられたときに兄が見せる顔はとても愉快だから。
やはり俺はどこまでいっても両面宿儺らしい。
心の奥で誰かが笑う気配がした。

「ものを頼む態度がなってないなぁ。守るならやっぱそれなりに報酬がほしいんだけど?」
「……チッ、身体で奉仕してやろうか淫行クズ教師」
「酷い言いよう…。んー、でもそれでいいよ。引き受けてあげる」

頬にキスをされ、そのまま唇を奪われた。
わざと音を立ててゆっくりと舌が絡まる。
制服の下に入り込んだ五条の手が胸の飾りを掠めて、小さく反応してしまった。
それに気を良くしたのか、キスはしたまま今度は両手でわざと掠めるように触れてくる。
ようやく離れた唇からは荒い息が零れ、憎まれ口も叩けない。
それを見たからだろうか、五条は舌なめずりをしたあと首筋に吸い付いた。

「先生、宿儺になにしてんの」
「あ、悠仁おはよヴッッッッ…!!!」

隣で寝ていた悠仁は、いきなり目を覚ましたと思ったら間髪入れずに五条を殴り倒していた。
油断して術式を解いていたのだろう。
モロに腹に入ったようで蹲っている。
いい気味だ。

「宿儺、大丈夫?」
「あいつの唾液が口の中に残って不快だ」
「そっか、掻き出さなきゃ」

そう言ってすぐ唇を重ねた。
ぴちゃぴちゃと音を立てて片割れと舌を絡める。
甘くてビリビリと痺れるような感覚に陥り、兄の熱がうつったように思考が蕩けて何も考えられない。
首に腕を回して、もっと絡めたいとせがむ。
それは傍から見ても分かる、歪んだ愛とやらだ。

「君たちさぁ、近親相姦って分かる?」
「ん、…はぁ、はぁ……、あ?まだいたのかお前。疾く失せよ」
「いましたけど!?」
「チッ…」

呑気な声で水を差されて思考が戻った。
台無しだ、と不愉快を顔に出す。
そんな様子を見たのであろう片割れは俺の腰に腕を回して抱き寄せると、「いくら先生でも宿儺に手を出すのは許さないよ。こいつはオレのだから」と言って頬にキスをした。

学校を出て、帰路につく。
今日の晩飯や明日の時間割、今晩のテレビは誰が出るなど他愛もない会話をしながら、家路を歩く。
玄関のドアを開けて、家の中に入ったと同時に俺たちはお互いを欲した。
先程までの気怠い平凡な空気はどこへいったのか。
殺意にも似た、欲望。
お互いの身体には既に見慣れてしまった紋様がくっきりと浮かび上がる。

「早くひとつになろう。すくな」
「ああ、ああ……ひとつになろう。ゆうじ」
「「愛してる」」

身体を繋げて、貪りあって、喰らいあう。
これが愛だと言うのなら、ああ、なんとおぞましいものか。



おわり。



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