最初のきっかけは、ただの意地だ。
負けたくないというだけの、ガキみたいな意地だ。
初めて会ってすぐ喧嘩になったあの日、あの時。
あいつは胸ポケットからタバコの箱と安っぽいライターを出した。
慣れた仕草で箱から1本取り出して口にくわえ、火をつけた。
一連の流れをボーッと見ていると、物欲しそうに見えたのか「吸いたいんか?」とニヤついた顔で言われた。
その顔にイラッとしたが、ぷいっとそっぽを向く。

「吸うたことないけぇ、いらん」
「ほぉ?……まぁオドレはガキじゃけぇ、吸えんもんはしょーがねーのぉ」
「はぁ!?吸えるに決まっとろぉが!!はよよこせ!!」

短気は損気、売り言葉に買い言葉とはまさにこの事だ。
ニヤついた顔で差し出されたタバコを恐る恐る咥えると、急に襟首を掴まれて引き寄せられた。
文句を言おうとしたもののタバコを咥えていたのでそれは無理だった。
タバコの先端同士が触れ合ってしばらくすると赤らみはじめて煙が出てきた。
そんなことよりも顔が近い。
なぜか心臓が早鐘を打っていて、急に恥ずかしくなってきた。
すぐに離れると、タバコを咥えてることを忘れて深く息を吸った。
すると煙が急に気道に入り、思いっきり噎せた。

「あ、アホ!」
「!?!!?ゲホッ、ゲホッ!な、なん……ゴホッ」
「いきなり深く吸うやつがおるか。アホ」
「アホ言うなっ…ゲホッゴホッ!、っ、あ゛ー……何がええんじゃ…こがなもん……」

ようやく落ち着いてきた頃、「ガキにゃあまだまだ早かったみとぉじゃのぉ」と顔に煙を吹きかけられた。
「やめろや!」とじたばたすると、それを見て馬鹿みたいに笑ってまた煙草を吸う。
その様子をじっと眺め、今度はゆっくりと吸ってみた。
徐々に煙が入っていくのが分かり、同じくらいの時間をかけて煙を吐き出した。
独特の苦みと、煙の匂いと、喉に残るザラつきがなんとも言えないが、あともう一度…と吸ってみたくなる不思議な感じだ。
しかしやっぱり不味いものは不味い、と顔をしかめると「そがぁな分かりやすい顔するやつもなかなかおらんど」と笑われてしまった。
その口元にタバコはなく、既に吸い終わったのだと理解するまで数秒かかった。
その間にタバコをまた1本取り出して口に咥えると、また襟首を掴まれて先端同士を触れ合わせた。
ゆっくりと先端が赤くなるのが分かると離れていく。
その瞬間妙な寂しさを感じるものの気のせいだと頭を振った。
「さっきもしとったけど、なにしよったんじゃ今」と尋ねると、「2人ン時はこーやって火ぃ付けるんじゃ。喫煙者の常識じゃけぇ、覚えとけ」と返され、なるほどそうなのかと納得してまた煙を吸い込んだ。




その常識が嘘だと知ったのは随分あとになってからだ。

「金次郎!!おどれだけは許さんどぉ!!」
「おどれもなかなかかわええとこあるんじゃのぉ。またしちゃろーか?」
「誰がするかボケェ!!」

おしまい



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