若い頃は毎日のように乗っていた単車も、今の歳になると週末にしか乗らなくなった。
そんな自分に寂しさやら虚しさやらを感じつつ過ごしていると、ある日単車の調子が悪くなった。
エンジンがかかりにくくなることが増えてきて、うんともすんとも言わなくなる時もあった。
仕事が休みの日に知り合いがやっている整備工場へ持っていくと、茶髪で幼い顔の青年が出迎えてくれた。
青年はこちらの顔を見て「あっ!?!?」といきなり大きい声を上げた。


「なんじゃぁいきなり!!びっくりするじゃろォが!!」
「あ、す、すんません……っ!」


申し訳なさそうにする青年だったが、「あ、あの……竹本さん…です、よね」とおそるおそる尋ねられた。
青年が自分の名前を知っていることに驚き「なんでワシの名前知っとるんじゃ?どっかでおーたか?」と尋ね返すと、「やっぱり!」と青年は嬉しそうに笑顔を見せた。


「会ったことあるんすよ!!ワシのこと覚えとらんでしょーけど……あ、ワシが整備させてもらいますね」
「おお、頼むわ。兄ちゃん男前じゃけぇ、一度見ただけでもなかなか忘れんと思うんじゃがのォ…」
「だいぶ昔ですけぇ、忘れてても無理ないっす。あと、最近だと岩さんの結婚式でも挨拶させてもろォて…」
「岩ちゃん?」


会話の中に知った名前が出てきて思わず聞き返した。
確かあの結婚式のとき、挨拶にきた若いのがいたのは覚えている。
ボサボサ頭の八代目極楽蝶頭と、グラサンと、金髪リーゼントと、茶髪リーゼントの……。


「ああ!あの茶髪リーゼントくんか!」
「ちゃ、茶髪リーゼント……あん時名前言うたのに…覚えてくれとらん……」
「す、すまんのォ…ワシ名前とか覚えるん苦手じゃけぇ…」


作業しながらあからさまに凹む青年に慌ててフォローをいれた。
「……エイジっす。岩見エイジ……ちゃんと覚えてください!」と頬を膨らませる青年──エイジに「すまんすまん」と苦笑いを返した。


「でも、竹本さんとはそこが初めましてじゃないんスよ」
「へ?」


エイジがそう言うので必死に脳みそに残っている記憶を探るも、それ以前に出会った記憶はない。
作業してる手を止めることなく、エイジは「竹本さん覚えとらんでしょ。まあワシがぶちこまい頃じゃったけぇ、仕方ないッスよ」と笑った。
こまい頃、と聞いて頭に浮かんだのは、よく集会を遠巻きに見ていた少年のことだ。


「ワシらの集会をよォ見に来てたバイク好き少年か?」
「ぇ…っ、お、覚えて……」


エイジが作業の手を止めてこちらを振り向いた。
その顔は真っ赤で、元々の顔がいいだけになんとも言えない可愛さがある。
「覚えとるよ。コイツに乗せたんも覚えとる。コイツだって覚えとるじゃろーて」と笑って整備中のバイクをポンポン叩くと、エイジは感情が言葉にならなかったようで、だんまりを決め込んで作業に戻ってしまった。



「……な、直りました。試しにひとっ走りどーすか…」

エイジにそう言われ、「そーじゃのォ」と愛車に跨る。
エンジンが元気になっているのが分かり嬉しくなる。
そして黙ったままのエイジに「そこの少年。後ろ乗るか?」とイタズラっぽく言うと、エイジは驚いた顔をしたと思ったら「の、乗ります!」と元気よく返事をした。


「岩ちゃんに捕まるんは嫌じゃけぇ、安全運転でいくけぇね。しっかり掴まっとれよー」
「はい!」


ブォン、とアクセルをふかしてブレーキを離す。
エンジンの調子は抜群。
整備士の腕の良さが伺える出来だった。
ドライブは短い時間と距離ではあったが、近年稀に見る充実した時間だった。


「あぁ……最高じゃ…まさかまた竹本さんの後ろに乗せてもらえるとは……」
「こがァなことでええならいつでも言うてや。コイツも喜ぶけぇ」


未だ興奮が治まらないエイジに笑いながら整備代金を払う。
すると「今度は勝負しましょうね!!」と言われて、苦笑いしつつ「気が向いたらの」とだけ返した。


帰り道、知った顔を見かけ声をかけた。


「岩ちゃ〜ん」
「あ?……なんじゃ、お前か」
「幼なじみに酷い言い方じゃのォ。岩ちゃん暇か?暇なら飲みに行こォや」
「……暇に見えるんか」
「うん」
「仕事中じゃドアホ!!」
「なんじゃぁ、つまらん」
「どつくぞオドレェ……」
「岩ちゃん元々怖い顔がぶち怖くなっとるけぇ、その顔はやめた方がええよ。そんじゃ」
「誰がさせとるんじゃドアホ!!あ!スピード出すなよ!!お前はすぐ調子乗るけぇ!」
「出すわけないじゃろ〜。あっかんべー」
「竹本ォ!!」
「ぎゃははは!」
(やっぱり岩ちゃんいじっとるときが1番じゃの〜)

そんなやりとりをしたあと、大人しく帰路についた。

(今度から通勤もコイツで行こうかのォ…)

そんなことを思いながら、未だ熱をもつ車体を愛おしげに撫でたのだった。

おしまい




back