「しょーきろー!」


ブンブンと大きく手を振り大きな声で呼ぶ大きな身体がこちらに駆け寄ってくるのが見えて思わず逃げた。


「なんで逃げるんじゃー!!」
「お前が追いかけてくるからじゃ!!」
「待てやぁぁああ!!」
「お前が待てやドアホ!!!!」


走りながらの不毛なやり取り。
結局体力バカの大男・・・勝将に持久戦で勝てるわけもなく、すぐに捕まってしまった。
ゼーゼーと息が荒いこちらとは対照的に、この男は息一つ切らしていない。
ニコニコと眩しい笑顔を見せて「捕まえたー!」ととても嬉しそうな様子に、呆れて言葉も出ず項垂れた。
なぜこの男は自分を独りにしてくれないのだろう。
最初に出会った時から今の今まで、彼に見つかる度名前を呼ばれ追いかけられる。
険悪な態度をとっても、手に持った凶器で刺しても。
普通なら二度と近寄らないようなことをしても、彼は諦めず何度もこうやって名前を呼び、追いかけてくるのだ。


「……なんでお前はワシを一人にせんのじゃ」
「?一人になりたいんか?」


思ったことが口に出ていたらしい。
勝将の問いかけに「そーじゃ」と肯定した。


「だのにお前はいっつもワシを追っかけてきよって……」
「昇喜郎はすぐワシの目が届かん場所に行こうとするけぇ、心配なんじゃ」
「お前に心配されるほどワシは弱ァない」
「そがぁなこたぁ、よー知っとる」


ワシが心配なんは、と勝将は続ける。


「ワシの居らんとこで、ワシの知らん傷を作りよるかもしらんっちゅーことじゃ。昇喜郎が作る傷はワシがつけたもんだけでええ」


抱きしめる力が少し強まり、切なげな声でそう呟く勝将に「ワシはお前より世渡り上手じゃけぇ、不用意に傷なんて作りゃーせんわ」とため息をつきながらそう返した。
そんなことを嘯く自分は果たして自然な態度をとれているだろうか。
勝将の言葉を聞いてから心臓がうるさくて、顔に熱が集まっているのが分かる。
きっと今自分の顔は真っ赤だ。
あの勝将が、顔も知らない誰かに。

(まさか……)
「嫉妬しとるんか……?」


口に出てた、と気づいたときには既に遅かった。
自分の声色に嬉しさが滲んでるのが嫌でも分かってしまう。
恐る恐る勝将の顔を覗くと最初に見た時と同じ笑顔で、問いかけにもピンときていない様子だった。
その態度に嬉しさは霧散し、あの発言は無意識で出たものかと呆れた。

(こいつなんも考えんであがぁなこと言うんか……)
「昇喜郎〜!!お好み焼き食いに行こーやー!!」
「分かったけぇ離れろや……歩きにくぅてしゃあない」
「ワシから逃げんっちゅーなら離れてもええけどのぉ」
「…………ワシが逃げても、お前は見つけて追っかけてくるくせに」
「当たり前じゃろー!」
「……フッ、お前にゃー敵わんの。逃げんって約束しちゃるけぇ、離せや」
「信じるぞ?信じるぞ昇喜郎?」
「おー」


そんな会話の中で交わされた約束を信じた勝将は、拘束していた腕の力を緩ませた。
ようやく解放され、軽く肩を回す。
こちらをじっと観察している勝将に向き直り、ニッと口角を上げた。


「じゃあの、勝将!」
「あっ!?ま、待てや昇喜郎ー!」
「ワシを見つけられたら飯でもなんでも付き合ったるわい!」
「……言うたな?男に二言はないけぇのー!!」
「………やば」

今のは完全に失言だった。
途端に勝将の声色と雰囲気がガラリと変わり、射抜くような目はゾクリと背筋を震わせた。
果たして逃げ切れるだろうか、無理だろうなと若干諦めてるところはある。
……捕まってもいいなんて少しも、微塵も思ってない。
………思ってない。

おわれ。




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