リンダと一緒に暮らすようになって分かったことがある。

「…なぁ、まぶしーんだけど」
「布団かぶってろ」
「全部消せよ…真っ暗じゃねーと眠れねー」
「だから布団かぶってろって。…家主は俺だぞ?」
「あーー!もう!分かったよ!」

リンダは、どうやら暗いとこが苦手らしい。


本人に聞いても「昔からこうやって寝てたから」って言うだけ。
まあ実際そうなんだろーけどよ。
なんか納得いかなくて、1度だけリンダが寝てる間つけっぱなしの豆電球を消してみて、リンダの寝てるベッドから少し離れたソファーで、起きたときの様子を観察してみることにした。

(アイツが起きるより前にオレが寝ちまいそーだ…)

ウトウトとし始めた頃、ベッドのほうから衣擦れの音がした。

(起きたか!?)

とたんに目が覚めて息を殺して観察する。
暗闇に目が慣れるまでけっこーかかったけど、ようやく慣れてきたころリンダがゆっくりと胴体を起こした。

…なんか思ってたのとちげーな。
ギャーギャー騒ぐか、すぐに電気をつけるかと思ってたけど。
なんかキョロキョロ見回してるみてーだ。

「────」

…?なんか言ってるのか?よく聞こえねー…

「──み─」

「はる──」

「 はる、みち 」

普段の声とは全然違う、今にも泣きそうな声。
弱々しくて、胸をギュッて締めつけるような声で、リンダはオレの名前を呼んだ。

なんだ、これ。
知らねー。
こんなリンダ知らねーぞ。
大人ぶってて、オレのやること全部小バカにしてきて、オレより強いのがリンダだろ。

「はるみち は る み ち 」

迷子になったガキみてーに、リンダはずっとオレの名前を呼んでる。
聞こえてくるリンダの声が震えてる。

(ああ、そうか)

オレだけがガキだとばかり思ってたけど、おめーもガキなんだな。
迷子になったら、手を伸ばして呼ぶ相手は普通親じゃねーのかよ。
オレみてーなガキでいいのかよ。
…オレはおめーが手を伸ばすくらいの存在になってたんだな。

(すげー嬉しい)

なんだかこっちが泣きそうになって、ゆっくりとリンダに近付く。
まだ小さい声で名前を呼び続けるでっけーガキ。
伸びた手にゆっくり手を重ねて、いつもの呼び方じゃなくて名前を呼ぶ。

「めぐみ」
「…────」
「めぐみ、オレならここだ」
「はる…みち……?」
「おう。おめーの大好きな春道くんだぞー」

普段ならここで「馬鹿か」とか言ってくるけど、やっぱりリンダは弱ってるみてーだ。

「はるみち……」
(ほんとちょーし狂うな…けどやっぱ嬉しい)

リンダはぎゅうっとオレの服を握りながら強く抱きしめた。
胸のあたりにおさまったもふもふの頭をポンポンと撫でる。

「おめーが迷子になってもちゃんと見つけてやっから。心配すんな」
「………ん、………」
「おめーを置いて離れたりもしねーから。離れる時は離れるってちゃんと言うからよ」
「……ん…」
「だから、安心して寝とけ」

言葉をかけながらずっと頭を撫でてると、ようやく抱きしめる力が緩んでいった。


翌朝。

リンダに昨日の事を覚えてるか聞いてみたが、「………?何かあったのか?」と本気で分からないって顔をされた。

「覚えてねーならいい」

オレだけの秘密だ、と笑うと不思議そうな顔をされたが、特に何を問いかけるでもなくこの話は日常に溶けていった。

「…じゃあ行ってくる」
「おー、行ってらっしゃい」
「帰るころ連絡する」
「おー……リンダ」
「あ?」
「……美味い飯作って待ってるからよ」
「?おう」
「暗くなる前に帰ってこい」
「ああ」
「迷ったらオレを呼べ。いつでも助けてやっから」
「……………ああ、わかった」

セットしてない髪をクシャクシャと掻き回されて、軽いキスをされる。

「行ってくる」
「………ぉぅ」

真っ暗闇で泣いてたでけーガキは、朝日に照らされて微笑む。
ドアが閉まる直前に見せたその姿は紛れもなくいつもの大人なリンダ。

「……あーあ」

完全に閉じたドアへ背中を預ける。
昨晩の泣きそうな声を思い出して、鼻の奥がツンとした。


おしまい。



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