ジムから帰宅して、春道の作った夕飯を春道の話を聞きながら食べて、順番に風呂に入って、寝る支度をする。
春道が転がり込んできた最初の頃は布団も一組しかなくて、仕方なく、仕方なく一緒に寝ていたが、すぐにもう一組買ったので今はそこに寝かせている。
春道が浴室から出てくる前に布団に潜り込んで、明日のスケジュールを確認する。
出てきた春道はいつものように覆いかぶさって「なにしてんだー」と足をじたばたさせる。
風呂から出たら服を着ろと何度言っても聞かない。
風邪引いても絶対面倒見ねーからな。
「…仕事の確認だ」
「マジメなやつだなー」
「大人だからな」
「…ケッ、どーせオレはガキだよ」
分かりやすく不機嫌になった声色に、気づかれないように笑みをこぼした。
「さっさと寝ろ」
「まだ眠くねーもん」
「目ぇ閉じてりゃいつの間にか寝てるさ。…おやすみ、春道」
「んー…」
ようやく寝間着を着て隣に敷いた布団に潜った春道。
風呂上がりで下りた金髪を一撫でして、電気を消した。
─────────
『春道』
リンダが呼ぶ声がする。
『先に行ってるぞ』
そう言ってどんどん前を歩き始めた。
リンダの広い背中が見える。
どんなに走っても追いつけない。
待てよリンダ、待てって。
息が切れて、足も重い。
背中との距離はどんどん離れていく。
待てって言ってんだろ、なんで離れていくんだ。
叫びたくても声が出ない。
とうとう足は止まってしまった。
リンダの背中は、もう見えなくて。
辺りは真っ暗闇になった。
「っ!!は、…はぁ、はぁ……」
ガバッと起き上がって、隣を見た。
冷や汗ダラダラのオレとは対照的にスヤスヤと気持ちよさそうに眠っているリンダがいた。
「……くそ」
夢でうなされて起きるってガキかオレは。
何も知らずに寝てるリンダが恨めしい。
もう一度寝ようと目を閉じるけど、なかなか眠気はやってこない。
チラッと隣を見る。
背中を向けて寝るリンダ。
人一人分入りそうなスペースがある。
「…テメーのせいだかんな」
誰も聞いてない言い訳を呟いて、そのスペースに潜り込んだ。
───────────
背中のほうでモゾモゾと動く気配がする。
(……春道?)
体温の高い手が背中に触れた。
そのままぎゅっと服を掴まれる。
(…………寝返りが打てねぇ)
しばらくそのまま寝た振りをしていると、そのうち寝息が聞こえ始めた。
それと同時に掴んだ手も緩み、そこでようやく寝返りを打った。
(油断するとすぐ逃げるからな…)
逃がさないようにしっかりと抱きしめて、起こさないようにゆっくり腕を頭の下に入れる。
うっすらと汗をかいているようで、なにか怖い夢でも見たのだろうかと少し心配した。
聞こえる寝息は健やかで、ゆったりとしかし確実にこちらの眠気を誘う。
「俺はここにいるからな」
春道の耳元でそう囁いて、目を閉じた。
「起きろバカ!おい!リンダ!」
「………ぁ…?」
「仕事なんじゃねーのかよ!さっさと起きろ!つーか離せ!」
「………………うるせぇ」
朝から騒がしい春道に耳元でギャーギャー騒がれて意識が覚醒する。
「………よく、眠れたか」
「あたりめーだろ!」
「…そうか………おはよう、春道」
「おー、さっさと準備しろ!」
「おう……」
朝はいつも慌ただしくて苦手だ。
できることなら寝ていたい。
そんなことを思いながら顔を洗って、うっすら伸びた髭を剃る。
「飯できたぞー!」
「おう」
リビングから春道と美味そうな匂いが呼んでいる。
身支度を軽く整えてリビングへ行くと、相変わらず美味そうな朝食が並んでいた。
「いただきます」
しっかり手を合わせて、よく噛んで食べる。
「これうめー!」とか「これちょっと塩辛いな…」とかいう声を耳に入れながら完食した。
「ごちそうさまでした」
「もう時間ねーだろ。食器洗わねーでいいからさっさと行け」
食器を流し台に運ぼうとすると止められて時計を見せられた。
たしかに時間はあまり残ってないが、食器まで洗ってもらうのは忍びない。
だがこうなったコイツは頑固なので、ここは素直に応じることにした。
「じゃあ…行ってきます」
「おー」
ぶっきらぼうな返事しかしないが、一緒に住むようになってから毎日玄関まで見送ってくれてヒラヒラと手を振る春道に、ポロッと普段から思ってることが漏れてしまった。
「結婚しよう」
「おー………………………は?」
ポカンとする春道を見て、(あ、やべ。声に出てた)と思ったのも束の間、首まで真っ赤になった春道に「バカなこと言ってねーでさっさと行け!バカリンダ!」と追い出されてしまった。
仕方ないので帰りに春道の好きなケーキでも買ってやろうと思いつつ、仕事場へバイクを走らせた。
(かわいいなー、あいつ)
──────────────
今なんて言った???
は???
あいつ頭オカシーんじゃねーのか??
だって、オレは男で、あいつも男で。
ふつー、結婚とかできねーだろ。
「あ〜〜〜〜〜、もう………なんなんだよアイツ…意味わかんねー」
家から追い出したあと、玄関のドアに背中を預けてズルズルとしゃがみこんじまった。
正直腰が抜けた。
カラダの関係は、ないわけじゃない。
でもお互い好きだなんだなんて面と向かって言ったこともねーから、コイビトじゃない。
好きか嫌いかって聞かれたら、散々迷いに迷ったあと好きって答えるかもしれない。
あいつは分かんねーけど。
だってオレはガキで、あいつは大人だから。
今の生活はオレが転がり込んできたこの一時だけで、あいつが今の生活に飽きたらオレを追い出して綺麗な女優だかタレントだかを捕まえて結婚するんだろーなって、そう思ってたから。
でも、結婚、結婚って、そういうことなんだよな?
あいつもオレが好きってこと、なんだよな??
リンダの声で聞こえたさっきの言葉を頭の中でコダマさせているうちに、じわじわと嬉しさがこみ上げる。
今日はリンダの好きな物を作ってやろう。
ちゃんとおかえりって言ってやろう。
おはようとおやすみも言ってあげよう。
好きだ…ってのはまだハードルたけーから言わねーけど。
届かなかった背中に、ようやく追いついた気がした。
おしまい。
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