オレには2人のアニキがいる。
1番上のおっきいアニキはもう死んじまったけど、それでもオレは強くてかっこいい2人のアニキが大好きだった。
そんなアニキたちと、いつも比べられた。

「やっぱ美藤さんの弟は違うな」

そう言われることもしょっちゅうだ。
でも、この学校にオレの名前を知ってるやつは何人いるんだろう。
オレはいつになっても「美藤さんの弟」のままだった。
オレがアニキから頭の座を引き継いだときなにも文句がなかったのは、オレの後ろにいるアニキがみんな怖いからだ。
オレの実力が認められたからじゃない。

オレは、独りだった。

アニキが学校に来なくなって、周りにいたヤツらは徐々に遠慮をしなくなっていった。

「竜也さんの弟だからって調子に乗りやがって」

とか、

「アニキがいねーとなにもできねーくせに」

だとか。
聞こえるように陰口を叩き、中には堂々と正面から言ってくるやつもいた。
そのつどそう言う奴らをぶっ飛ばしてきたが、それでも心のモヤモヤは晴れないままだった。

「竜也さんが頭の頃はこんなんじゃなかったのに…」

どこからともなく聞こえた声とため息。
それが聞きたくなくて、そのうち何を言われても無視するようになった。

「秀、あんなこと言われてるぞ。なにも言い返さねーのか?」

オレの後ろを歩いていた松田が不意に尋ねてきた。

「…いい。どうせなにしたって誰もオレの事なんか認めねーんだ。言わせてろよ」

自嘲気味な笑みを漏らしながら、振り向かずに返事を返した。

オレが無視していることが気にくわなかったのか、ある日1人でいるところを集団に取り囲まれた。
全員が3年。
オレが頭になったことを特に認めていない連中だった。

「なんだ、なにか用か」

煙草に火をつけて、壁に背もたれる。
そんなオレの態度が癪に障ったのか、いきなり胸倉をつかまれそのまま殴られた。
腕をそれぞれ捕らえられて、抵抗することはかなわない。

「おい美藤。テメーはあいつの弟だから頭になれたんだ。そのへん忘れて調子に乗ってんじゃねーぞ」

その言葉に、ハハッと思わず笑いがこぼれた。
相手は額に青筋を浮かべ、「…なにがおかしい」と低く呟いた。

「集団でしかオレに立ち向かえないアンタにお似合いのセリフだよな…セ・ン・パ・イ」

殴られたい気分だったのかと聞かれればそうじゃない。
ただ抵抗する気はなかった。
オレがどれだけ暴れても、実力の差を見せつけても。
目の前の奴らはなにかと理由をつけてオレを認めようとはしないことはもう分かってるから。


気がつけばオレは、地面に転がって腹を蹴られていた。
全身が痛くて、骨も何本か折れてるんじゃねーかとも思った。
未だ周りには殺気立った奴らが立っていて、今にも襲いかかろうとしている。
あ、これオレ死ぬわ。
他人事のように自分の死を確信した。

「お前ら何やってんだ!!」

急に声が聞こえて、腹を蹴ってた男が吹っ飛んだ。

「秀!大丈夫か!」

駆け寄ってくる見慣れた顔。
いつもと違って慌てた様子でオレを抱き起こした。

「…ま、つだ…?」
「バカ野郎。無茶するな」

松田はゆっくりとオレを立ち上がらせるが、痛みでよろけてそのまま松田にもたれかかってしまう。

「…わ、るい」
「気にするな」

そのまま見上げたオレの頭をゆっくり撫でたその仕草にほんのりと顔が熱くなる。

「おい松田ァ!お前いつまで味方のフリしてんだよ!」

不意に後ろから怒鳴り声が聞こえた。

「は?」
「テメーだって美藤に気に入られたくてそいつに取り入ったんだろ!」
「そ、れは…!」

松田が言葉に詰まっている。
それだけで答えは明白だった。

「…っ!」

支えてくれていた目の前の身体を突き飛ばし、その反動で少しよろめきながらも壁に背中を預けて、なんとか倒れることは防いだ。
痛みでうまく動かない足を無理やり動かし、その場から走って逃げた。

「秀!待て!」

呼びかける声も無視して、そのまま振り返ることなくがむしゃらに走った。


「っ…はぁ、はぁ…」

たどり着いた先は、普段からよく根城にしている武道場だった。
扉を開ける体力はもう残ってなくて、その場に座り込む。

「っぐ…、はぁ…はぁ…く、そ」

痛い。
どこもかしこも、心さえも。
分かっていた。
松田が、オレじゃなくアニキを見ていたことくらい。
それでも他のやつとは違って、オレを心配したり叱ったりしてくれて。
アニキがいなくなっても、ずっと側にいてくれたから。
だから、もしかして…と思ってしまった。
この男だけは、オレを認めてくれたのかと。
そう思ってしまったんだ。
そんなこと、あるわけがないのに。

「は、は…っ、ば、かみてー…」

自嘲気味に笑いながら、涙がこぼれた。
結局、オレは独りだったのだ。
あいつらの言う通り、アニキがいないとオレはなにもできない。
認めたくはなかったが、それは事実だ。
だからこそオレはオレなりに実力を認めさせてやろうと思っていたのに。
どんなことをしても、あいつらはアニキしか見えちゃいなかった。

「ってぇ…ぁ…」

そのうち座っていることもきつくなり、そのまま横に倒れ、そのまま意識を失った。
意識を失う直前、薄く開いていた目で見えたのは。
「秀幸!」と叫んでこちらへ向かってくる…

「…ん」

目を覚ますと、保健室の天井が目に入った。
薬品の匂いがやけに鼻につく。
蛍光灯の光が眩しくて顔を手で覆うと、そこには触りなれない絆創膏の感触があった。

「…?なん、で…一体誰が…」

半身を起こしてみると、いつの間にか身体中も包帯だらけだった。
散々蹴られた腹と痛みの酷かった足首には、ご丁寧に湿布まで貼られ、その上からさらに包帯が巻かれていた。
困惑していると、唐突にカーテンが開いた。
思わずビクッと反応してしまう。

「うぉっ、起きてたのか秀」

そこにいたのは、松田だった。

「お前が…ここに、運んだのか」
「まぁ、な。倒れてるやつ見過ごすわけにもいかねーだろ」

ベッドサイドで寛ぎながら何でもないことのように言った松田に「ごめんな」と呟いた。

「なんで謝るんだ?」
「だって、オレ今までお前に無理させてただろ。お前もアニキのそばにいたかったはずなのに、オレが無理やり、連れ、ま、わして…」

まっすぐこっちを見て話を聞いてくれる松田を見て、涙がポロポロこぼれてきた。

「ごめん、ごめんな、まつだ。アニキじゃなくて、オレなんかの、そばにいさせて、ごめん」

ギュッと目を瞑り、顔を俯ける。
ポタ、ポタとシーツに涙が染みていく。

「…謝るなよ。俺はお前が好きだから一緒にいるんだ」

ポン、と頭に暖かい手が乗った。

「え?」

戸惑うオレの頬に手を添えて、顔を上げさせた松田。
その顔は優しく微笑んでいて、ほんのり頬が熱くなった。

「好き、って…ど、いう…」
「そりゃあ最初はあいつらの言う通りだったけど…お前とつるんでるのが楽しくてな。コロコロ表情も変わるし…だからもっと色んな顔が見たくなって、一緒にいたくなった」

だからさっきは否定出来なくて悪かった、と頭を下げられて、慌てて顔をあげさせた。

「オ、レも…信じて、あげられなくて…ご、めん」

また涙が溢れてきて、目を強く擦る。
するとその手を取られ、「擦っちゃダメだ」とオレの頬に優しく触れた。
そして、「泣きすぎだろ」と笑いながら、優しく指で拭ってくれて。
そんな松田と目が合って、ドキドキと鼓動が早くなる。
しばらくすると、そのままゆっくり近づいてきて、触れるだけのキスをされた。

「んっ…、ぁ」
「…ちなみに、俺の好きってのはこういうことなんだけど、伝わったか?」

唇を離して、少し顔を赤くした松田が不安げに尋ねた。
気持ちは十分すぎるほど伝わったが、不満げな顔をつくり松田の首に腕を絡めて。

「…まだ、伝わらない。…もっ、と」

そう呟いて、今度はオレからキスをした。


その後、松田という心強い味方を手に入れたオレは、一ヶ月とかからず鳳仙の頭にふさわしいと認めさせることができたのだった。

「松田ー」
「ん?」
「えへへ、えっとな…大好き」
「…おう、俺も好きだ」


おしまい!



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