あの人に対する恋心を自覚したのは、中学の頃だった。
うちの中学の頭って呼ばれてたあの人。
男の俺から見ても美しいと思う容姿に、そこから繰り出されるパンチや蹴りの凄まじさ。
喧嘩してると聞けば毎回見に行くほど、その頃からあの人に一目惚れしてたと思う。
でも当時俺は1年で、3年のあの人は雲の上の存在だった。
それでも、あの人に俺という存在を知ってほしくて、周りから無謀だと言われてもあの人に挑んだ。
結果はボロ負け。
それでも「なかなかやるじゃねーか」と手を差し伸べてくれたあの人。

「お前、名前はなんだ」

あの瞬間、この人の中に俺という存在を刻みつけることができたのだった。
そのあとは彼の友人らしき大柄な男に抱きかかえられて病院に連れていかれ、そこでアバラが3本折れてたことを知ったのだがまぁそれはいいとして。
それからも俺は懲りることなくあの人に勝負を挑んだ。
そのたびに、いつも彼の隣にいる男(鮫島というらしい)から「ほんと飽きねーよなお前ら」と呆れられた。
その頃から、俺はだんだんとあの人のことをもっと知りたいと思いはじめていた。

俺が中3になったとき、あの人は武装戦線の副頭になっていて。
その頃から武装のたまり場になっている喫茶店。
俺は見習いとして特例でそこの出入りを許されていた。
昔からのダチである源次や玄場には「「お前だけずるい!」」と口を揃えて言われることもあった。
許されていたとしても、その喫茶店にあの人が来ることはあんまりなくて。
見習いだからダメだ、とスクラップ置き場には出入りを許されなかった。
それでも、たまに喫茶店を訪れたあの人に「好誠、また来てたのか」と笑いながら声をかけられるだけで、俺の心は嬉しさに震えた。

そんな時、狂屋との諍いが起こった。
「俺の指示があるまで動くな」と釘をさされたものの、どうしても許せなかった。
武装がどうとか、狂屋がどうとかいうことではない。
蛭田とかいうやつに、彼を侮辱されたことが何より許せなかったのだ。
俺は源次と玄場に話をして、彼のいいつけを破り3人で狂屋を襲撃した。

彼が武装戦線メンバーを引き連れて狂屋の前に現れたのは、その日の夜だった。
俺ら3人はボコボコにされ、「派手にやられたなーお前ら」とゲン兄ィが源次をケラケラ笑って抱え起こして。

「とりあえず向こうで手当しねーと」

玄場を抱えた三富さんが離れた場所へ連れていった。
哲さんが「お前も早く手当してこい」と促してくれたが、俺はそれを拒んだ。

「俺は、大丈夫です…2人を頼みます」

身体はひどく痛むが、あの人の喧嘩が見れるかもしれない。
そう思うと自然と足が動いた。

「テメーみてーなやつ、俺が相手するわけねーだろう」

蛭田にそう言った彼は、不意にこちらを向いて。

「好誠、勝手やらかした罰だ。コイツをぶちのめせ」

ニヤリと笑って、目の前の男を指した。

「っ、はぁ…はぁ…」

俺の足下には蛭田が倒れている。
そいつはズルズルと彼の足元へ這っていって、彼の足にすがりついた。
それを冷たく見下ろす彼。
彼が何かを呟いた途端、そいつは力なく項垂れたのだった。

「好誠、ご苦労だったな」

彼の手が肩に置かれる。

「っ…は、い…」

もう立っていることも限界だった。
そのまま彼の肩にもたれかかり。
俺は気を失った。


「ん、…ぁ?」

気がつくと見知らぬベッドの上にいた。
ベッド脇で彼がいて、目が覚めた俺に気づいた彼は「…起きたか」とどこかホッとした顔をしたような気がした。

「あ、の…ここは…」

見慣れない部屋。
どこか生活感のある部屋。
病室ではないことは確かだ。

「俺の部屋だ」

彼がなんでもないように言う。

「えっ!?…っい゛、てえ!」

思わず身体を起こすも、激痛が走り布団に倒れ込んだ。

「今日は泊まっていけ。お前の親には連絡しておいた」

ゆっくり休め、俺の頭に軽くポンと手を置いた彼。
しかしそれはすぐに離れていき、彼自身もまたベッドから離れようとした。

「あ、っ…」

俺は咄嗟に起き上がった。
身体に激痛が走るも、必死に彼の服の裾を掴んでいた。

「…どうした、好誠」

彼が振り向きもせず言葉を紡ぐ。
それが無性に寂しくて。

「い、行かないで…くだ、さい…そばに、いてほし…っ!」

言い終わる前に、身体がベッドに沈んだ。

「じ、十三…さん?」
「全く…こっちが色々我慢してるのをことごとくぶち壊してくれやがって」

俺を押し倒し酷く妖艶な笑みを浮かべた彼は、そのまま投げ出された俺の手に自らのそれを重ね、深く深くキスをした。

「んぅ、っ!ん、んっ…は」

状況が掴めず軽くパニックになった俺の頭を優しく撫でる彼。

「っ…十三、さん…な、んで」
「好誠…」

俺の名を呼びながら頬に手を添えて、軽くキスをして。

「俺はな…気絶したお前を介抱する、そういう名目で、部屋に連れ込んだりするような…そんな男だぞ」

そんな奴に側にいてほしいのか?と挑発的な笑みを浮かべた彼を見て、俺の鼓動は早くなっていって。

「…それでも、それでもいい…アンタに、いてほしい…」

目の前の彼が、どこかに行ってしまわないように。
彼の服をギュッと握って、彼を見つめた。

「…ずいぶん可愛いことしてくれるな、全く」

そう言って抱きしめてくれた彼は、耳元で小さく「愛してる」と囁いて。

「俺も…好き、です」

そう呟き、ゆっくりと目を閉じた。



目を開けると、そこは病室だった。
まだ外は薄暗い…夜はあけていないようだった。
なんだかずいぶん懐かしい夢を見た気がする。
俺は、脳の手術を明日に控えていた。
入院してから、色んな人が見舞いに来てくれた。
鮫島さんやゲン兄ィに将五も来てくれたが、あの人はとうとう1度も来ることはなかった。

手術が無事終わって、きついリハビリもなんとかこなして。
いよいよ退院の日。
お世話になった人たちに挨拶をして、病院を出ると。

「好誠」

目の前に、スーツ姿の彼が立っていた。
髪を黒く染め、カラフルな花束を持って。

「よく頑張ったな」

彼がそう言ったあと、花束を渡され、そのまま強く抱きしめられた。

「ぁ、…じゅう、ぞう…さん」

俺、アンタに言いたいこといっぱいあったんだ。
手術が無事に終わったから、頭を撫でてほしくて。
リハビリ頑張ったから、褒めてほしくて。
見舞いに1度も来てくれなかったから、いっぱいわがままを聞いてほしくて。

言いたいこと、いっぱいあったのに。

「う、っ…じゅ、ぞうさん…っ」

想いが溢れすぎて、涙が止まらない。
またこの腕の中に戻ってくることが出来た。
その安心感で胸がいっぱいになって。

「おかえり、好誠」

涙でスーツが濡れているにも関わらず、彼は優しく頭を撫でてくれて。
ゆっくりと顔を上げ、笑顔で応えた。

「十三さん、ただいま」

おしまい



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