あいつに再び出会ったのは、凄絶な卒業式が行われていたあの神社だった。
俺は、他の連中にバレないよう木陰からひっそりとその様子を見届けていたのだが、あいつは目敏く俺を見つけた。
卒業式の主人公たちがその場を去り、警察が来たってことで一気に見物人が去っていく。
騒ぎが収まった頃、ようやく帰れると思い木陰から出て神社の階段を下りていると、後ろから不意に声をかけられた。

「阪東サン♪」

人を小馬鹿にしたような声色で俺を呼んだ男。
鳳仙の美藤兄弟、その末弟・秀幸。
呼ばれたのでとりあえず振り返ってはみたが、案の定その顔には想像通りの小馬鹿にした表情が貼り付いていて。

「…何か用か」

俺の声は不機嫌を現したかのように低くなっていた。

「特に用ってことはないんだけど…」

そう言って近づいてきた秀幸に、この街を出るのかと聞かれた。

「…まぁ。とりあえず東京に行ってみる気だが」

隠す必要もなかったのでそう答えると、「ふぅん…」となにかを思案している声が返ってきた。

「連絡先教えてよ」

しばらく黙っていたかと思えば、いきなりニッコリと邪気のない笑顔でそう言われて。
その笑顔と勢いに絆されたのかは知らないが、気付いたら連絡先を交換していた。

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東京に出てしばらく経った頃。
初めて秀幸から連絡が来た。

『東京に越してきた』

今から会えないか、と。
駅の近くで待っていると、「阪東サン!」と懐かしい声がした。
声がした方を見ると、幾分髪が伸びた秀幸がこちらに向かって走っていて。
記憶の中の生意気な秀幸とは雰囲気が違っていて、思わず心臓が跳ねたが慌てて気のせいだと誤魔化す。

「ごめ、…遅くなった」

息を切らして謝る秀幸に、俺は「気にするな」と返した。
とりあえず、と入ったのは駅の向かいにある喫茶店。
そこで珈琲を1口飲んで、ようやく落ち着いた。

「ふぅ。…まさか阪東サンが会ってくれるなんて思わなかったから、オレすげー嬉しい」

そう言ってニコニコ笑いながらこちらを見つめる秀幸に、「ただの気まぐれだ」と返したが、ほんの少しだけ頬が熱くなったのを感じた。
その後何故か話が弾み、心なしか楽しくなってきた頃、「うちに来ない?」と秀幸が誘ってきた。

「オレ、明日まで家に1人なんだよね」

だから店で飲むより家で飲もうよ、そう言われ断る理由もなかったから、コンビニで何本か酒を買って秀幸の家へ向かった。

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今は何時なのだろう。
秀幸の家に移動してから随分と飲んだ。
今俺のいる場所はリビングのソファーではなく、ベッドの上。
秀幸に運ばれたのだろうか。
とりあえず時間を確認するために少しだけ身体を起こそうとすると。

「だーめ」

すぐ上から声が降ってきて、再びベッドに沈められた。

「っ、なに…」

酔っていて力が入らない俺の抵抗をたやすく抑え込んで、衣服を脱がす男。

「ひ、でゆき?おいっ、なにして…っあ!」
「阪東サン…やっと捕まえた」

逃がさないから、と耳元で囁かれ。
首筋に唇を押し付けられて。
俺はそのまま、秀幸に抱かれた。

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それからというもの。
連絡が来てはどこかへ出かけそのまま秀幸の家、もしくは俺のアパートでセックスをする、といういわゆる『セフレ』の関係になっていた。
半年が経ち、何度も身体を重ねたが、キスは1度もしたことがなかった。
あくまでも遊びの関係。
その事実に胸が少しだけ痛んだ。
俺を抱いたあとの秀幸は酷く幸せそうに笑った。
そんな顔を見ていると、時々恋人のような錯覚に陥ってしまうことがあって。
このままこの関係を続けていては、お互いダメになってしまう。
なによりも俺が、もうあいつに本気になっているのが分かったから。
だから俺はあいつから離れることにしたんだ。

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いつものように抱かれたあと。
帰り際に俺は「横浜に行く」と秀幸に告げた。

「え、…横浜?」

驚いて口が開いたままの秀幸に、俺は一言「ああ」と返した。

「だからお前とはもうこれっきりだ」

じゃあな、とドアノブに手をかけた俺を、「ま、って!」と後ろから抱きしめた秀幸。

「なんで、なんでそんなこと言うの」

震える声でそう呟く秀幸に、俺は胸を締めつけられる思いがした。

「限界なんだよ…
身体だけの関係ってのが、もう限界なんだ…
俺は、欲張りだから…お前の心まで欲しいと思っちまった…でもそれはダメだ。
だから、俺はお前から離れることにしたんだ」

ポツリ、ポツリと呟く俺の言葉を、黙って聞いていた秀幸。
聞き終えたあと、俺を抱きしめていた腕をゆっくり解いて、「阪東サン」と静かに呼んだ。
振り返った俺に見えた秀幸は俯いていてよく表情が分からないが、そのまま抱きついてきた秀幸。
その途端濡れた肩に、泣いているのだと分かった。

「ダメだ、なんて言わないで…
オレ…アンタのこと、好きだから」

だから行かないで、俺の首に腕をまわして秀幸は言った。

「好き、なのか」

ポツリと呟いた俺の言葉に反応した秀幸。

「…アンタは酔って寝てたから覚えてないだろうけど、アンタ寝言でずっとスガタさんって人のこと呼んでたんだ。
なんでオレがいるのに他の人を呼ぶんだってイライラして…その時にアンタのこと好きなんだって気づいた。
でもアンタにはそのスガタさんって人がいる…ならせめて遊びとしてならって思って…ごめん」

肩におでこをくっつけたまま謝る秀幸の頭を、乱暴に撫でて。
慌てて顔を上げる秀幸を上目がちに見つめて。

「悪いと思ってるなら、キスしろよ」

と顔をギリギリまで近づけた。

「い、いいの?」

顔を赤くしながら秀幸が問いかける。

「俺のことが好きなら、それを態度で示せよ」

できるだろ?と挑発的に笑うと、秀幸はムッとした顔をして顔を寄せた。
キスする直前。

「どんなに距離が離れても、すぐに追いついて抱きしめてあげるから」

だから待ってて、その言葉に対する返事は秀幸の口に吸い込まれていって。
初めてキスを交わした。

「ん、っ…ぅ、はぁ…」

ゆっくりと、名残惜しそうに離した唇。
俺を見つめるその目に、心臓が早鐘をうっている。
ベッドに移動させられ、帰り支度をすませていた衣服を脱がされて、シーツに沈められた。

「阪東サン…好き、好きだよ」

抱かれながら耳元で囁かれる言葉。
それには返事を返さずに、ただひたすら名を呼んでしがみついて。
ほぼ同時に、精を吐き出した。

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「なんでアンタは言ってくれないの!」

ベッドの上で、秀幸が喚いている。

「なにが」

腰も痛いし怠くて眠くて今にも瞼の落ちそうな俺に、「だからー」とのしかかってきて。

「好きだって、なんで言ってくれないんだよ」

オレはあんなに言ったのに、とぶすくれた顔をした。
駄々っ子のような秀幸がなんだか妙に可愛く見えてしまい、思わず頭を撫でた。

「…好きでもねーやつに何度も抱かれたりするかよ」

ポツリ、聞こえるか聞こえないかくらいの呟きを奴は聞き逃さなかった。
バッと身体を起こし、プルプル身体を震わせて「阪東サーン!!」と飛びついてきた。

「うわ、っちょ、おいバカ!もう無理だ!やめろ!うぁ、っ!」

秀幸の手が妖しい動きをし始めて、また熱を持ちはじめる俺の身体。

「ふふ…ね、もっかいしよ?」

お願い、と上目遣いでねだられる。
俺がこの顔に弱いことをこいつは既に知っているのだ。

「っ、くそ…1回だけ、だからな」

その後1回では収まらなかった秀幸に朝まで寝かせてもらえなかったことは言うまでもない。

「阪東サン大好き!」
「知ってる…(俺も好きだ、なんて言ってやらないけど)」

おしまい




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