一代で萬侍帝国を築き上げ、日本最大の派閥に押し広げたその男。
その偉大な男の名を、九頭神虎男と言った。


「伊能、次の頭はお前だ」

そろそろ代替わりの時期ですね、そう話したのはいつのことだったか。
突然告げられた言葉に反応が追いつかない。
ようやく出てきたのは「、…ぇ?」というなんとも間抜けな声だけだった。

「お前は頭もいい。あいつらをうまくまとめられるだろ」

頼りにしてるぞ二代目!と笑いながら肩を強く叩かれて、ハッとした。

「お、俺には無理です…!」

そう言った瞬間、床に身体を縫い付けられて。

「俺が決めたことに逆らうのか?」

射殺すような鋭い目に見つめられ、押し倒されたのだと気づいた時には、既にキスをされていた。
呼吸もままならないほどの乱暴で激しいキス。
唇が離れたときは息が上がり、目の前の男に食われるのを待つだけの餌に成り果てていた。

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彼とはいつからこんな関係になったんだったか。
最初はただの憧れだった。
彼の1番傍で、彼のために何かをすることが嬉しくて仕方がなかった。
萬侍がだんだんと勢力を伸ばしていく。
やがて東京で知らない者はいないという状態にまで大きくなって。
いつしか彼の周りには彼の威を借ろうとする女の影が目立つようになり。
ところ構わず彼の太い腕に自らの細い腕を絡めようとする女どもに、俺は嫉妬するようになっていた。
同時に、自らの邪な思いとそれに関して一生女には敵わないことを知り愕然とした。
彼のその大きくて熱い手が身体を這い回り、俺のモノを握る。
彼の太い指で、そのモノで突かれたら俺はどうなってしまうのだろう。
女みたいに喘ぐのだろうか。
低くてよく通る彼のその声で、名を呼ばれたら。
そんなことを想像して抜いたこともあったが、その度にいいようのない虚無感が襲い、それでももしかしたら…と期待している自分の浅はかさが嫌になった。

「伊能」

九頭虎會の会議のため部屋で2人きりになったとき、不意に名を呼ばれた。
思わず心臓が跳ねる。

「なんですか、かしら」

平静を装いながら彼を見ると、その鋭い目がまっすぐこちらを捉えていて。

「こっちに来て、ここに座れ」

そう言って示されたのは、彼の膝の上。
逆らうなんて思いもしないから、素直にそこに座る。
心臓は爆発寸前だった。

「あ、の…かし、ら?」

彼と向かい合うカタチで座る。
すぐ近くに顔があって、キスしようと思えばできる距離だ。
腰はがっしり捕まれ、逃げることはできない。
不意に彼が口を開いた。

「…いつから、そんな目で俺を見ていた」

ギクリとした。
俺はどんな目で彼を見ていたのだろう。
まっすぐ捉えたまま逃さない彼の目がいたたまれなくなる。

「お前、どんな女よりも雌の顔してるな…」

そんなに抱かれたかったか、と彼は笑い、深く深くキスをされた。

「秀」

彼のモノを中に受け入れ、本能のままに突き上げられていると、低い声が俺の名を呼ぶ。

「っ、あ!か、かしらっ」

その声にも感じてしまい、目の前の首にしがみついた。

「秀、違うだろ。名前呼べ。俺の名前」

名前?な、まえ…彼の、名前。

「と、らお…さ、んっ」
名を呼んだ瞬間、中に入っているモノが明らかに質量を増して。
俺は呆気なく果てた。

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それからは、彼が俺の下の名を呼んだ時が行為の合図になった。
抱かれてる間だけはこの人は俺だけのもので。
その鋭い目が俺だけを映してくれることに酷く歓喜していた。
それが愛情を伴わない、ただの彼の気まぐれなのだとしても。
そんな関係でも構わないと思えるほど、俺は彼に溺れていた。

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「これも、今日で終わりだな」

二代目だと告げられ、無理だと言ったら押さえつけられそのまま抱かれて。
今までの行為を思い返しても、最後は呆気ない終わり方だった。

「おわり…で、すか」

鼻の奥がツンと痛む。
この肌を感じることができるのも、その手に触れられるのも…今日で最後。

「悪かったな、長い間こんな風に付き合わせちまってよ」

そう言って煙草を咥えた彼。
俺はすかさずライターを手に取り、その煙草に火をつけた。
どういう意味なんだろうか。

「フゥ…でもな、お前も悪いんだぞ」

あんな目で俺を見てくるから、といたずらっ子のような笑みを浮かべ、煙を吐いた彼。
俺は彼のそんな笑顔が好きだった。
もちろん、今でも。

「お前、俺のこと好きだろう」

不意にこちらを見つめ、言われた言葉にドキリとした。

「…な、んで」

俺の気持ちなんてとっくに気づかれていた。
気づいていて知らないふりをしていたのだこの人は。
でも、一体いつから。

「ずっと見てたからな。一目惚れだったし」


………は?

「なん、ですか…それ…どういう」

ちょっと理解が追いつかない。
どういうことだ?
混乱する俺をよそに、彼は照れくさそうに頭を掻いた。

「だってよ、お前が俺のこと好きかどうかなんて分かんねぇだろ。だから竜男のやつにも相談したんだよ。そしたらあいつ『女でも侍らせたらどうだ。その時の反応で大体分かるだろ』なんて言いやがるからよー。なるほど!と思ってな」

いやー可愛かったぞお前、とゲラゲラ笑う彼。
つまり俺は、この人の手の上で踊らされていた、と。
一気に脱力した。
なんでこんな人好きになったんだろう。
俺はハァ…とため息をついた。

「これからは…恋人だな、秀」

不意に雄の目になる彼。
そんな彼に耳元で囁かれ、先程までの熱が蘇る。

「っん、…ぁ、は、はい…とらお、さん」

お互いの思いが届いてから、初めてキスをした。


おしまい




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