彼はその後も定期的に遊びに来てくれた。
最初の頃のように遊ぶことは少なかったが来た際には必ず声をかけてくれたし、その度に頭を撫でてくれた。
好きだという気持ちは会うたびに強くなっていったし、心に留めておくのも限界だったので、子どもの立場を上手く利用して「だいすき」と伝えていた。


小学5年の頃、声変わりが始まって声が出にくくなった。
6年に上がる頃にはもう甘えるような高い声が出なくなった。
その頃、兄と彼は武装戦線というチームに加わったようで、兄が帰ってくるのは夜遅くになり、彼は家に来ることすら激減した。

6年になってしばらくして、兄たちが唐突に武装を抜けた。
また彼が来てくれるかもしれないと期待していたが、彼は来なかった。
兄に彼のことを聞いてみたが、はぐらかされるばかりでなにも聞き出せなかった。


兄が嫌っていた武装は、俺が中学生になってしばらくすると一度解散した。
その当時頭をはっていた人の弟が今度は新たに武装として立ち上がったらしい。
兄はその頭の人に頼まれて武装に戻った。


夏休みに入ってからは特に何もすることがないので家でゴロゴロしていた。
珍しく家にいた兄は先程コンビニに行くと言って出かけたので今は1人だけ。
すると唐突に玄関のチャイムが鳴った。
今日は誰とも遊びに行く約束をしていないので、十中八九兄への用事だろう。
執拗に鳴らされるチャイムにイライラして、勢いよく玄関を開けた。

「なんか用!です…か」
「ん?……もしかして将五か?」
「さ、鮫さん…」
「お前随分でかくなったなー」

そこにはここ2、3年ろくに会えていなかった想い人が立っていた。

「兄貴ならすぐ戻ってくると思うんで、中で待っててください」
「おお、悪いな」

随分他人行儀になったな、と自嘲した。
あの頃より目線が近くなったと思ったが、まだまだ彼は大きかった。
兄より大きいのだから当然といえばそれまでなのだが。
とにかく、会話の糸口が見つからなかった。
無言のままリビングに到着し、冷蔵庫で冷やしていた麦茶をコップに注いで彼に差し出した。
「ありがとな」と笑う彼は好きになったあの頃と全く変わらなくて、自分はといえばあの頃よりも劣情を抱くようになっていた。
勢いよく麦茶を飲む彼の喉仏が上下し、首筋を汗が流れ落ちていく。
思わずゴクリと喉が鳴った。

「プハーッ!すげー美味い!」
「…それは、よかったです」
「にしても暑いなー今日は」
「そう、ですね……っ、!??」

暑い暑いと言う彼は、おもむろに着ていた革ジャンを脱いでソファーの背もたれに掛けた。
突然のことに思考が追いつかない。
とりあえずタオルを渡して、おかわりの麦茶を入れた。

「十三おせーなー…」
「…そうですね。すぐ帰ってくると思ったんですけど」
「んー…将五ー」
「はい」
「十三きたら起こしてくれー」
「えっ、あ、はい」

ゴロンとソファーに横になった彼は、すぐに寝息を立てた。
やっぱり彼は良くも悪くも変わらない。
こんなにも劣情を抱いている奴がこんなに近くにいるのに、それに気づかないのだから。
スヤスヤ眠る彼を見るだけでは我慢できなくなって、寝ている彼にのしかかる。
彼は力が強いから、寝ぼけていても抵抗されてしまえば勝ち目はない。
しかしこんなチャンスはもう二度と来ないかもしれない。
意を決して顔を近づけた。
ふに、とお互いの唇が触れ合う。
近づいて分かる汗とタバコの匂いで頭がクラクラする。
起きないのをいいことに角度を変えて何度もキスをした。

「ン…っ、?将、五?お前、なにして…」
「ごめんなさい、ごめんなさい…もう、我慢できなくて…どうしようもなく、貴方が、大好きなんです…っ。ごめ、ごめんなさ…」
「ぇ、え?っ、う……しょ、ご…、っは」

これだけキスしてると流石に彼も起きてしまったが、もう自分でも止められない。
情けない顔をしているんだろうな、と思いながらも必死に舌を絡めて、身体を密着させて、彼が顔をそむけないようにと両手で顔を固定して、さらに深く。
彼は抵抗することもなく、ただただ受け入れていた。

「は、っ…はぁ、…っ」
「…っ、鮫、さん」

身体を離したとき、彼の顔は真っ赤で唾液まみれになっていて、その姿にまた欲情し再び唇を重ねようとした。
しかしそれは叶わなかった。

「ンのアホ!」
「い゛っ!?」

身体を離した直後、間髪入れずにゲンコツを食らったからだ。
思わずソファーの反対側にへたり込むとその隙に彼は起き上がってしまった。

「何しやがんだ急に!」
「…なにって、キスですけど」
「っんなのは分かってんだ!なんでこんな…キ、キスなんか…」
「俺はずっと言ってましたよ。好きだって」

だからキスしました、ともう隠す必要も無いので堂々と告げると、彼は不機嫌な顔のまま耳まで赤くなり黙ってしまった。
黙り込んだ彼に再び近づく。
首に腕を回して、頬がくっつくくらい近くで。

「鮫さん」
「…、」
「好き、です」
「っ」
「ずっと、多分初めて会った時から、ずっと好きです」
「…ぅ」
「好き、だいすき」
「〜っ!」
「ねぇ、鮫さん」

赤くなった耳元でひたすら想いを囁いた。
名前を呼ぶたび、好きと告げるたびに跳ねる肩が愛おしさを増大させる。
彼が起こした身体を再びソファーへ沈ませて、なおも好きだと訴えていると「分かった、分かったから」と普段からは想像もつかないほど弱々しく俺の身体を押し返した。

「俺のものになってください、鮫さん」
「う、…っ」

左手で顔を覆い隠してそっぽを向くが、赤くなった耳がしっかりと見えている。
その仕草も愛おしく感じつつ、「嫌なら抵抗してください。じゃなきゃ俺、止まれない」そう告げると、彼はきょとんとした顔をしたあと、はぁ…とため息をついて俺の頬を触った。

「鮫さん…?」
「……泣きそうな顔しやがって」
「え」
「ンな顔されたら、抵抗できるわけねーだろ」

ばーか、と触れていた頬を軽く抓った彼は、昔のように笑っていた。

「鮫さん、俺の恋人になってください」
「恋っ…ま、まだダメだ!お前中学生だし…」
「じゃあ中学卒業したらいいんですね?」
「そういうわけじゃ…」
「約束ですよ…いいですよね?」
「う……っ」

兄が帰ってくるギリギリまで、こういうやり取りを繰り返していた。
時折キスも挟みながら。
玄関から兄の声がした時の彼の焦りようはすごかった。
彼はどうしても兄に気づかれたくないようで、「今日のこと絶対あいつに言うなよ!」と念押しされてしまった。

「鮫さん」
「なんっ…、」
「約束しましたからね」
「おっ…前な……」

兄に気づかれないように彼の唇を奪う。
彼は慌てて兄のいる方を見たが、兄はすでに外へ出てしまっていた。
彼はホッと胸を撫で下ろす。
そんな彼を見ていて心に嫉妬の炎が灯った。

「鮫さん」
「なんだ…んっ、う」
「鮫さんはもう俺のものなんだから、俺だけ見てて」
「え?あ、ああ…分かった」

いきなりキスをされてそんなことを言われて何が何だか分からないと言わんばかりの顔をしていたが、「だいすき」と耳元で囁くと顔を赤くして「…分かったって言ってるだろ」と不機嫌そうにボヤいた。


パタン、と閉じたドアの向こうから兄と彼の声が聞こえる。
嫉妬と同時に、やっぱり兄には勝てないという諦めもあり、小さくため息をついた。
『二人だけの秘密』を手に入れたことで満足している自分は、やっぱりまだまだ子どもなんだと自覚せざるを得なかった。



「…絶対兄貴を超えてやる」

小さく呟き、拳を固めた。

この時、村田将五は12歳。
大人の階段を登り始めたばかりである。



終われ!!!



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