山道をガタガタと車体を鳴らしながら走ることしばらく、遠目でも分かるほど大きなお屋敷。
まるで物語や外国の昔話に出てきそうな素敵な洋館。
厳重に閉ざされた門に付いているインターホンを押せば、ここの使用人である宮瀬さんが対応してくれる。
何回来ても、この門を潜るのは緊張しちゃう。
「毎度お世話になっております!名字青果店です!」
『はい。今開けますね。』
「ありがとうございます!」
大きなお屋敷。
素敵な庭園。
優しい使用人さん。
私は、そこに出入りしてるしがない八百屋の娘です。
店番をしている親に代わって、私がここに配達に来るのは珍しい事じゃない。
やっぱりご近所の方々は母親と弾む話もあるし、注文の電話があれば、仕入れもしてる父親が対応する。
そうすると、自然と配達は私の仕事。
っていっても、この九条さんのお家以外に数件くらいしか配達はしないんだけどね。
レストランとか、定食屋さんとかにしか配達はしてない。
そうなると九条さんのお家もほんとは対象外なんだけど、
『あそこはいつも良い野菜ばっかり買ってくれる、何より大口だから!!逃がすわけにはいかないのよ!!』
だって。
まぁたしかに、九条さんにはいつもご贔屓頂いてるし、配達くらいはね。
それに、この別世界のようなお家にお邪魔するのは私も、緊張するけど楽しい。
「こんにちはー・・・。」
いつものように裏口に回り、声をかける。
可笑しいなぁ・・・。
いつもなら宮瀬さんが明るい笑顔で出てきてくれるんだけど・・・。
さっきインターホンには出てたから、居ないはずはないし・・・。
抱えていた野菜の入ったダンボールを置いて、もう一度裏口を覗く。
「・・・こんにちはー。名字青果店でーす。」
・・・いない。
まぁ、待てば誰かしら来るでしょう。
こんな大きなお屋敷だし、きっと宮瀬さん以外にも使用人さんはいると思うし。
タイミング的な話なんだろうけど、実は私はここで宮瀬さん以外に会ったことがない。
他の使用人さんはもちろん、ここのご当主様の九条さんにも。
いつか、お会いしてみたいとは思ってるんだけどね。
「おや、貴方は・・・、」
「!!!」
ひとりボーッと考えていると後ろから突然声をかけられてビクッと身体が跳ねてしまった。
ビックリした・・・。
「えと、」
声のした方を見ると、綺麗なプラチナ色の髪の毛の、背の高い男性が立っていた。
ラフな服を着ていて、手には如雨露を持ってるから・・・
この人も使用人の人かな?
「あ、私、名字青果店の者です!あの、ご注文の品を届けに上がりました。」
「そうだったのか。対応が無かったようで、すまない。」
「いえいえ!皆さんお忙しいでしょうから。」
「豪は居ないのか?」
豪・・・さん?
あ!宮瀬さんの事かな?
「宮瀬さんでしたら、インターホンではご対応頂いたんですけど・・・いないみたいですね。」
「そうか・・・。では私がそれを預かろう。」
「あ、はい!ありがとうございます!」
伝票を渡すとサラサラと筆記体でサインをしてくれる。
よ、読めねえ・・・。
でもま、いっか。
「ありがとうございます!」
「いや、こちらこそ。・・・いつも貴方が届けてくれているのかな?」
「はい。大抵は!いつも宮瀬さんとはお会いするですけどね。」
「私はあまり厨房には入らないからな。」
「そうなんですかあ!」
って事はお庭の手入れ担当とかなのかな?
如雨露持ってるし。
温室とかに居れば、私が来ても気付かないもんね。
「私も宮瀬さん以外のお方にははじめて会いました。いつも気になってたんですよ。」
「気になっていた、とは?」
「ここのご当主の九条さんですよ!!」
「・・・ほう。」
目の前の庭師さんの反応を気にすることなく、いつも思っていた事をペラペラと話す。
「私はお会いした事無いんですけど、挨拶をしに来た父によるとそれはそれはイケメンだって!!」
「・・・そうなのか?」
「はい!!まるで物語の王子様のように優雅で威厳があったと言っていました。」
「・・・。」
普段テレビで有名人を見ても騒がないお父さんがあんなに興奮するなんて・・・!
さぞかし素敵な方なんだろうと、私はうっとりと想像を膨らませてる。
「父が、『九条さんにならお前をやっていい!というかぜひ貰ってくれ!!』なんて言ってましたけど、そんな王子様が私を選ぶはずなんてありませんよねー!あっはっはっ!」
「・・・どうだろうな。あり得ないという事は無いだろう。」
「えー?またまたー!お姫様になんてなれないですって!!」
あり得ないあり得なーい!
まぁね、もしそうなればとんだシンデレラストーリーだけどね!!
「あ、あと!」
「まだ何かあるのか?」
「はい!」
王子様に会ってみたい!会ってみたいけど、もう1つ!
「単純に、どんな方なのか気になるんですよ。」
「・・・というのは?」
「宮瀬さんがいっつも楽しそうにお仕事の話をされるんですよ。今日は九条さんがたこ焼きを食べてみたいって言うからたこ焼きパーティーなんですよーとか、九条さんが風邪気味だから生姜を入れたスープ作ろうと思ってるとか・・・いつも九条さんのお話。」
「・・・そうなのか。」
「そうなんです!あんなにニコニコとその人の為に働けるって、凄いですよね。だから、もしお会いできるなら会ってみたいなあって思ってたんですよ!」
「それは、嬉しいな。」
「?」
照れたようにはにかむ庭師さん。
なんでこの人が照れるんだ?
あ、自分の雇用主誉められたら嬉しくなるよね!!
しっかしこの人もイケメンだなー!!
ただの庭師とは思えない雰囲気・・・!!
目の前で店のエプロン姿(しかも足ともクロックス)で突っ立てるの恥ずかしいわ・・・。
これ以上のイケメンいるの???
すでに庭師さんが王子様に見えるって。
「あ、そろそろ店に戻らなきゃ!!」
「!待ってくれ、貴方は、っ!ゴホゴホっ!!」
「!!だ、大丈夫ですか!!??」
長居しすぎたと、車に戻るために踵を返したものの、急に咳き込む庭師さんに驚き彼に駆け寄る。
「ゴホッ、すまない・・・。」
「いえいえ。大丈夫ですか?」
「あぁ・・・。」
背の高い彼の背中を背伸びをしてゆっくりさする。
必然的に顔が近付く。
ひえっ。
顔が良い・・・!!
じゃなくて!!
咳は落ち着いたみたい・・・。
風邪かな??
「風邪には、ネギが効きますよ。」
「・・・ネギ。」
「ネギ!」
さする手を止め、持ってきた野菜の中からネギを取り出す。
「ネギにはアリシンって成分が沢山入ってて、これが殺菌作用と疲労回復効果があるんですよ!!」
「・・・。」
「あ、首に巻いたってダメですよ!!そうだなぁ。温かいスープにして、具も食べてスープもしっかり飲み干して下さい!そして早く寝る!これが1番!!ね!」
「ふふっ、」
「あ!笑いましたねー!ほんとなんですよ!!」
「いや、すまない。そうだな、そうさせてもらおう。」
「ぜひ!」
庭師さんの顔色も良くなってきたし、今度こそお暇しようかな。
あ、そういえば庭師さんのお名前聞いてなかった。
「庭師さんのお名前は「名前さん!!」
「あ、宮瀬さん!」
私の言葉を遮って現れたのは、いつもお世話になってる宮瀬さん。
急いだようにこちらに走ってくる。
「すみません!!急に電話がきてしまって!」
「いえいえー。庭師さんにサインを頂きましたし、大丈夫ですよ。」
「・・・庭師?あれ、九条さんこちらにいらしたんですか?」
「え?」
「あぁ。豪、如雨露が落ちていたぞ。」
「あっ!水やりの途中でインターホンが鳴ったので忘れてました!」
「そうか。」
「・・・・・・。」
待って待って。
どういう事???
ん??
九条さんって言った??
「あ、あの宮瀬さん・・・。この方、ここのお家の庭師じゃ・・・、」
「え?ふふっ。いいえ、この方がここの当主、九条壮馬ですよ。」
「と・・・しゅ・・・、」
え、え、え・・・
まてまてまてまてまて。
嘘だろ、おい。
「名字・・・名前さんというのか。」
「っ!」
庭師・・・じゃなくて九条さんが私をまっすぐと見つめて手を差し出す。
あ、握手か?え、まって、むり。
「改めて、私が九条壮馬だ。よろしく頼む。」
「っ〜〜〜!!!!」
嘘じゃない!!!!
え、私、この人になんて言った!?
本人に王子様とか嫁とか何とか言ったよね!!??
やーめーてー!!!!
「名前。」
「っ、ひゃい!!」
ガシリと手を取られて強制的に握手をさせられる。
あっ、男らしい手・・・じゃなくて!!
「貴方が想像していた王子様とやらに敵うかは分からないが・・・私も貴方ともっと話してみたいと思ってる。」
「っ、」
「今度は、私の客として来て欲しい。」
「・・・はい、」
「あながち、お姫様には遠くないと思うがな。」
「っ!!」
「お姫様?」
「豪、今晩はネギでスープを作ってくれ。」
「はい。」
綺麗な瞳で私を捉えて、微笑まれたらもうふたりの会話なんて聞こえない。
ドレスじゃなくて、着てるのは普段着にお店のエプロン。
ガラスの靴じゃなくて、履いてるのは履き潰したクロックス。
カボチャの馬車じゃなくて、乗ってきたのはボロボロの軽トラ。
魔法使いはいなくて、側にいるのは宮瀬さん。
だけどこの瞬間、九条さんは王子様で、私はお姫様になった・・・そんな錯覚がした。
これは、しがない八百屋の娘の私の、シンデレラストーリーのプロローグ。