「社長、本日はこの後18時からの会食でスケジュールは終了となります。」
「うん。直帰するから、名前ちゃんはここまでで良いよ。」
「かしこまりました。」
H&Oで大谷羽鳥社長の秘書として働き初めて2年。
仕事も覚えたし、社員の皆さんは良い人だし、順調に毎日働けていると思う。
でも、どうしても慣れない事がある。
「あ、名前ちゃん明日オフだよね?デートしようよ。」
「申し訳ありません。プライベートですので。」
「ははっ、残念。」
・・・社長のこの冗談。
社長としてはスゴくやり手なのに、女性とくればこの軽口。
噂ではガールフレンドも沢山いるとか・・・。
もちろんというか、必然的にほぼ毎日一緒にいる私にもお声がかかる。
1度も応じたことはないけど。
「名前ちゃんはガード固いなぁ。そこが可愛いんどけどね。」
「・・・失礼致します。」
別に嫌なわけじゃない。
嫌なわけじゃない・・・。
むしろ・・・、
「はい!無理ーーー!!!!顔が良すぎるーー!!!」
「・・・。」
終業後、会社から離れた居酒屋。
「無理無理無理!ヤバくない??え、あの顔面で一般人とか?え?無理。顔が良い。」
「名前ちゃん、語彙力が低下してるよ・・・。」
「玲ちゃんだってそう思うよね!?」
「まあ、ね。」
「はい!!万人が認める顔の良さ!!」
「・・・。」
社長に捜査協力やなんやでよく会社に来てた玲ちゃん。
何度も顔を合わせるから今ではすっかりお友達。
こうしてお互いに時間があるときは一緒に飲みに行く。
というか、私の胸の内を玲ちゃんに吐露してる。
「就活の時にさ、給料に目が眩んで面接受けたのに・・・こんなご褒美があるなんて!!しかも秘書て!秘書て!!!役得か!!!」
「あれ?名前ちゃんって秘書で面接受けたんじゃないんだ。」
「ん?なんかね、普通に事務枠だったんだけど気付いたら秘書になってた!社長間近で見れる!ラッキー!!」
「・・・へぇ。」
「もちろん仕事もキツいけどさ、あの顔面眺められたら疲れも軽減するよね!社長の笑顔、プライスレス・・・。」
「あのさ、一応確認だけど・・・恋愛感情は・・・、」
「え?無いけど??」
「(言い切った!)」
確かにめちゃくちゃ顔面タイプだし、もう神の創造物か!?って位にイケメンだけど、好きとかじゃない。
中身はまったくもって興味無い。
社長としては尊敬するけど、男としては無いと思ってる。
「そんなに顔が良いって言ってて、口説かれたりしたら頷いちゃったりしないの?」
「うーん。顔ばっか見てるから、仕事の連絡は別として社長の言葉はあんまり耳に入って来ないからなぁ。」
「(潔良い・・・)」
「ほんととことん観賞用だよ。はぁ、来週も頑張れる・・・。」
「・・・頑張れ。」
あれだなあれ。
会いに行けるアイドルって感じだよね。
同じ空間にアイドル・・・。
仕事、頑張る・・・。
◆◆◆◆◆
「おはよう、名前ちゃん。」
「おはようございます、社長。こちら、本日の会議資料です。」
「うん、ありがとう。」
ひっ!
顔が良い・・・!!
朝からありがとうございます・・・!!
「あ、そうだ。来週のM社の創立20周年パーティーなんだけどさ。」
「はい。そちらでしたらハイヤーの手配も済んでおります。」
「うん、ありがとう。それでね、先方から昨日、パートナー同伴でって言われちゃってさ。」
「パートナー・・・ですか。」
そっか、大きいパーティーだし、そうだよね。
といっても社長は独身だし・・・。
沢山いらっしゃるガールフレンドのどなたか連れて行かれるのかな?
だったらその方のハイヤーも・・・
なんて考えを巡らせていると、社長からは予想外のお言葉が。
「名前ちゃんも行くから。準備しておいてね。」
「はい。かしこまり・・・はい!!??」
なんて!?
なんておっしゃいまして!!??
「良かった。じゃあ、よろしくね。」
え!?
無理くない!!??
パーティーとか初めてなんですけど!!
でも、パーティー仕様の社長・・・見たい・・・。
どちらにしろ社長命令を断れるはずもなく、パーティーの日までソワソワと過ごすのであった。
◆◆◆◆◆
「これはこれは大谷社長!!ようこそお越し下さいました!」
「本日はおめでとうございます。」
日々の業務をこなしていればあっという間に当日で。
これまた一段と輝いてる社長にエスコートされながら会場へと入ればM社の会長が出迎えて下さる。
「いやいや、これはご丁寧に。おや?そちらのお嬢さんは・・・、」
「あ、わたくし大谷のひしょ「僕の婚約者です。」
「!!??」
は!!??
こんやくしゃ!!??
社長は私の言葉を遮って、意味の分からない事を宣う。
「おやおや!こんなお綺麗なお嬢さんと・・・大谷社長もスミに置けませんなあ!」
「ははっ、ありがとうございます。」
「・・・ありがとうございます・・・。」
「ではでは、楽しんでいって下さいな!」
恰幅の良い身体を揺らしながら、会長は次の招待客の方へ向かっていった。
「しゃ、社長!婚約者って、」
「ん?だってその方が都合が良いじゃない。」
「都合!?」
都合って何の都合よ!?
「ほら、こういう場だと政略結婚とかお見合いをひっきりなしに勧められるからね。名前ちゃん、今日だけでも婚約者のふりをしてくれると俺も仕事しやすいんだよ。ね?お願い。」
「・・・かしこまりました。」
確かにね・・・
わが社はそれなりに力があるし、社長だってまだまだ若くてものっすごくイケメン。
他の社の方々もお嬢様方も放ってはおかないか。
まあ、今日だけなら・・・。
「ふふっ、」
「?どうされましたか。」
「いや、」
社長は笑いを堪えるようにして手で口元を覆い、私の方を横目で見て来る。
「なんかこの前から、名前ちゃん表情豊かだなって。」
「!!し、失礼しました!」
「何で謝るの?可愛いよ。」
「っ!しゃ、社長!挨拶回りに行きますよ!」
「ははっ、了解。」
いくら気持ちが無くてもさあ!!
イケメンに言われたら照れるわ!!
それからなんとか社長と挨拶回りをし(もちろん婚約者のふりをして)、一段落して社長はお手洗いに向かわれた。
私はこのパーティーの熱気から逃れるように、ひとりグラス片手にバルコニーに出た。
「ふぅ、熱い・・・。」
やっと息をつけた。
まさか各社のお偉いさんたちに無愛想にするわけもいかず、終始笑顔を作って社長の横に控えていたから、さすがに疲れた。
しかも社長、私を紹介する度に肩やら腰やら抱き寄せるから・・・不覚にもドキドキするじゃん。
「ファンサが過ぎる・・・。」
そうだよ、アイドルに触られたらドキドキするわな!!
うんうん、とひとり頷いていると背後にひとの気配がして、社長が戻ってきたのかと思い振り向く。
「しゃちょ、」
「きみ、ひとり?」
「・・・。」
誰や。
そこには仕立ての良さそうなタキシードを着こなした、恐らく社長と同じ年位の男性が立っていた。
「あの、」
「あぁ、ごめんね。僕はT社の会長の息子で来年度から役員に就く・・・、」
あぁ!
知ってる!!
お顔は知らなかったけど、確かに先日T社で会長とご挨拶させてもらったときにそんな事言ってたなぁ。
次男が入社するだか何だか・・・。
「で?きみはひとりで何してたの?」
「いえ、連れを待っている間に涼んでいただけです。」
「ふぅん。こんなに綺麗な女性を放っておくなんて、信じられないなぁ。」
トイレだもん。
仕方なくない??
「ね、僕と抜けない?」
「は・・・、」
「実はきみが会場入りしてた時から目つけてたんだよねぇ。あの男居ないみたいだし、ね?どう??」
「・・・。」
こいつ、ばか?
大谷羽鳥、知らないわけ??
言っちゃ悪いけど、T社の次男坊が敵う相手じゃないからね。
嘘でも婚約者って言ってる相手に手だそうとするかね??
「あの、私連れを待っていなくては・・・」
「あの赤髪の優男でしょ?いいじゃんいいじゃん。ほら、上に部屋も取ってあるからさぁ。」
「ちょっ、」
強引に腕を取られる。
こいつ、ほんとに大谷社長の事知らないんだな。
てゆうか、力強いっ、
やば、連れてかれる、
「やめっ、」
「手、離してくれる?」
「しゃ、ちょ・・・、」
「あ?」
身体がよろめきそうになったとき、誰かに肩を抱かれて支えられる。
この声、この香りは・・・大谷社長。
「なんだよ、放っておいたくせに!お前も離せよ!」
「悪いけど、この子は俺の婚約者だから。きみの方が離してくれないかな?」
「はあ!?俺を誰だと思ってるんだよ!!俺はっ、」
「T社のご子息だね。」
「分かってるなら、」
両者ともまだ私の身体を離してくれない。
少しも怯まない次男坊に、社長は余裕で微笑む。
「ねぇ、T社に融資したのはどこで、俺は誰か分かってる?」
「は?」
「申し遅れたね。俺はH&Oの大谷羽鳥。きみのお父様の会社の手綱を握ってる男さ。」
「なっ、」
ほんとに、知らなかったんだ・・・。
バカな次男坊・・・。
完敗なんだから、さっさと手を離してくれ。
終わりの見えたやり取りに、そっと息を吐くと・・・
「そ、それでも!!俺は彼女を気に入ったんだ!!!」
「「・・・。」」
ここまで社長に言われたのに・・・。
というか、私なんかにそんなに必死にならなくていいって。
たぶん、引くに引けないだけなんだろうけどさ。
「はぁ・・・。」
「な、なんだよ!!」
やれやれ、と額に手を当ててため息をつく社長。
でも次の瞬間にはまた鋭い視線で次男坊を射抜く。
「この子は俺の大切な婚約者。きみのつけ入る隙なんてないんだよ。」
「そ、そんなっ、」
「うるさいなぁ。」
グイッ
「!?」
ちゅっ
「「!!??」」
肩を抱いていた方と逆の手で強く顔を社長の方に向かされたと思ったら、次の瞬間には口を塞がれていた。
しかもすぐには離れず、口付けは深くなる一方。
「んっ、んちゅっ、はっ、」
「んっ、」
何度も角度を変えて、社員の舌が私の口の中を這い回る。
次男坊に見せ付けるように、しつこくしつこく。
「ふっ!」
「っは、」
やっと解放され、思わずへたり込むと次男坊は居なくなっていた。
でも私はそれどころじゃない。
「な、んで・・・、」
あの次男坊追い払うだけなら、こんなにしなくても・・・
「ごめんね。でも、名前ちゃんがあいつに掴まれてるの見たら頭に血が登っちゃって。」
私と目を合わせるように、社長もしゃがみ込む。
ペタリとバルコニーのコンクリートについていた両手を持ち上げられ、優しく握られる。
「名前ちゃんは俺の事、ただの上司として見てないよね?でも俺はね、いつも名前ちゃんがいるから楽しく仕事できてるんだよ。」
「っ、」
ズイッと顔を近付けられる。
アイドルとして見てます、なんて言える雰囲気じゃないし・・・というか、なんか、顔が熱い・・・。
「婚約者って嘘だけど、俺は本当にしたいって思ってる。ねぇ、名前ちゃん。好きだよ。」
「っ!」
私の大好きな顔で、優しく微笑みながらそんな事を言う社長。
『そんなに顔が良いって言ってて、口説かれたりしたら頷いちゃったりしないの?』
あぁ、玲ちゃん。
ダメだ、聞き流せないよ。
「名前ちゃん、俺と付き合ってくれるかな。」
「・・・はい。」
こんな大好きな顔で、こんなに優しく言われて、守られて・・・拒否できるはずが無かったんだ。
「ははっ、嬉しい。大事にする。」
「・・・はい。」
顔はすっごく好み。
社長としては尊敬するけど、男としては無い。
でもそんなのは、一瞬で覆るから、恋愛って厄介。
「あ、これからは社長じゃなくて、羽鳥って呼んでね。」
「え!?」
「だって名前ちゃんは彼女だしね。」
「・・・はい。」
「それと、別に玲ちゃんにじゃなくて、俺に直接『顔が良い!!』って言ってくれて良いんだからね?」
「!!!!え、い、いつからそれを、」
「ふふっ、どうだろうね。」
「!!!!」
どちらにしろ、私は彼には敵わない。
たぶんずっと、彼の手中にあったんだ。
ひろ様!!!遅くなりまして申し訳ありません!
甘く・・・なったのか?
なんか変に笑いが先行してしまったような(´;ω;`)
懲りずにまたリクエスト頂けると嬉しいです!
今回はありがとうございました!