春休み。
カナメくんと映画を観に行った帰りの出来事でした。
「カナメくん、映画面白かったね。」
「うん。けっこう楽しめたよ。」
今話題になってるミステリー映画。
現代版シャーロックホームズといった風で、ちょっと笑いもありながらも終始ドキドキさせられて、最後には感動もあって。
あっという間の2時間だった。
「名前ちょっと泣いてたね。」
「っ、見てたの!?」
「鼻啜ってたし、バレバレ。可愛かったよ。」
「っ!もう、私じゃなくて映画見なよ・・・。」
「映画もちゃんと見てたって。」
手を繋いで一緒に歩くカナメくんは微笑んでて、カナメくんも映画を見終わった後のあの高揚感を少なからず感じているんだと分かる。
「そういえば、あの映画、原作本があるらしいよ。」
「そうなの?」
「俺も読んでないけど、九条さんが読んで面白かったって言ってた。」
「へぇー!読んでみたいなぁ。」
九条さんは読書が趣味って前に言ってたし、やっぱり話題の本も読んでるんだね。
「ちょうどそこに本屋あるし、寄ってみる?」
「うん!」
ショッピングモール内の映画館で映画を観てたから、話ながら歩いてるうちに本屋さんの前まで来ていた。
そのままふたりで連れ立って店内に入る。
「映画になったって事は、特設コーナーありそうだね。」
「あ、あそこかな?」
レジ近くの目立つ場所には本のタワーが出来ていて、店員によるポップや、映画のパネルが立てられていた。
「わぁ、原作の本だけじゃなくて、同じ作家さんの本も置いてある。」
「名前って、ミステリーとか読むの?」
「んー、本は嫌いじゃないんだけど、ミステリーはあんまり読んでないかな。」
でもせっかくだし、これをきっかけに読んでみようかなって思って。
九条さんほどじゃないけど、カナメくんも色々読んでるみたいだし、共通のお話とかしたいし・・・。
カナメくんが私と話すためにお花の勉強してくれたみたいに、私も何かしたいって思ってたんだ。
「九条さんに借りて読んだら?」
「ううん。ちゃんと自分で買って読むよ。映画すごく面白かったし、しっかり読み込んでみたいから。」
「そっか。」
平積みされてる本のうちから、一冊だけ手に取ってレジに向かおうとする。
その時、
「カナ?」
後ろから声をかけられた。
カナ?
誰の事・・・?
「志音。」
「やっぱりカナだ。」
カナメくんの、知り合い・・・?
私たち・・・というかカナメくんに声をかけてきたのは、同じ年くらいの男の子。
手に数冊の本を持って、こちらに近付いてくる。
「カナメくん、お友達?」
「まあ、友達、かな。」
「友達だよ。キミは・・・、」
「あ、初めまして!名字名前です、」
「俺は日向志音。よろしくね。」
そう言って手を差し出してきた日向くん。
握手に応じると、柔らかく微笑んでくれた。
うわぁ、日向くん、すごく綺麗・・・。
目も、色が・・・。
ハーフ、とかかな・・・?
「ちょっと、いつまで手握ってるの。」
「あ、ごめんね日向くん!」
少し不機嫌そうな声でカナメくんに言われるまで、ボーッと見とれてしまった。
急いで手を離すけど、カナメくんはムスっとしたまま。
「志音に見とれたでしょ。」
「っ、ちが、あの、綺麗な人だなって思って!」
「ほら。見とれてた。」
そ、そうだけど!!
カナメくん、嫉妬してるんだよね・・・?
嫉妬してくれるのは嬉しいけど、日向くん見てるから!
「ふたりは、付き合ってるの?」
「そうだよ。名前は俺の彼女。」
「へぇ、可愛いね。」
「え!」
サラリと褒められて、思わず頬に熱が集まるのを感じる。
だって、だって、可愛いって。
「あれ?赤くなっちゃった。」
「も、日向くんっ、やめて!」
「照れてるの?可愛いね。」
「っ〜〜〜、」
「志音。いい加減にして。」
肩を後ろに引かれて、日向くんとの距離が広がる。
不機嫌な声は先ほどよりも低く、肩を掴む力も強い。
「志音、俺の彼女って言ったでしょ。」
「カナ、怒っちゃった?ごめんね。」
「・・・もう、良いけど。」
怒ってたカナメくんも、しぶしぶといった感じで日向くんの謝罪を受け入れてる。
私を掴む力も緩まってきて、声色も戻ってきた。
なんかこう、日向くんには本気で怒れない不思議な雰囲気があるよね。
「名前。」
「は、はい!」
油断してるところに急にカナメくんに呼ばれて、ドキッと心臓が鳴る。
「志音は外国で育ってるから、可愛いとかそういう事をサラッと言ってくるだけだから。」
「え、うん・・・。」
「名前を特別に思って言ってるんじゃないんだからね。」
「はあ・・・。」
なに・・・?
カナメくん、何が言いたいの・・・?
「カナは釘を刺してるんだよね。」
「え、そうなの?」
「・・・。」
「大丈夫だよ。カナの大事な女の子を誑かしたりなんてしないよ。」
「・・・分かってる。」
「カナメくん・・・、」
そっか・・・。
私も日向くんに褒められたり見とれちゃったり、カナメくんの事、嫌な気持ちにさせちゃったよね・・・。
「カナメくん、ごめんね・・・。」
「いや・・・、俺も、余裕なくてごめん。」
「ううん。嫌な気持ちにさせちゃったのは、本当に申し訳ないと思ってるけど、でも嫉妬してくれたのは嬉しいよ。」
「うん・・・。」
「よかった、一件落着だね。」
あ、危ない・・・。
日向くんのこと、一瞬頭から抜けてた・・・。
「日向くんも、ごめんね・・・。」
「ううん。楽しかったよ。」
「そ、そっか・・・。」
「カナ、また遊ぼうね。」
「まぁ、良いけど。」
「名前ちゃんも、もしなんか困ったことあったら言ってね。僕が解決してあげるよ。」
「へ、解決・・・?」
「じゃあ、またね、ふたりとも。」
そう言って日向くんはレジの方に向かって歩いていく。
なんか来たときもだけど、マイペースだなぁ・・・。
「・・・行っちゃったね。」
「うん。」
「ねえ、解決って・・・?」
「あぁ。志音は熱狂的なホームズのファンなんだよ。なんかたまにお姉さんが抱えてる事件にも協力してるみたいだよ。」
「へえ!」
シャーロックホームズかあ。
あ、そういえば、
「なんか日向くん、今日見た映画の探偵さんに似てるね。」
「・・・そう?」
日向志音くん。
何かあったら、遠慮なくお願いしちゃおうかな。
なんてね。
「ところで名前。」
「ん?なに?」
「志音に見とるほど余裕あるみたいだから、早く帰って俺がどれだけ名前の事好きか教え込むからね。覚悟して。」
「え!!許してくれたんじゃ、」
「それとこれとは別。ほら、帰るよ。」
「え、ちょ、カナメく、」
結局、本は買えませんでした。