大切なものは失ってから気づくものらしく、現に私は目の前の男がいなくなると聞いて、初めて自分中に占めるその存在の大きさを思い知った。
それなのに、私たち二人の会話はこれっきりになるのだそうだ。


「サー」


私の呼びかけで、男は気怠そうにこちらを見やった。重々しい海楼石の手枷に繋がれ、縞模様の囚人服を着た姿は案外様になっていた。不謹慎だが、いつもは隠れている首もとが露わになっていて、少しドキリとする。しかし、腕を拘束する枷を見るとその気持ちも失せてしまった。


「ねえ、本当にもう会えないの?ダメなの?」

「あァ」

「インペルダウンに行くって」


正直、そこがどこだかよく分からない。無知な私は、そこが遠いのか近いのかも分からない。唯一分かっていることといえば、一度そこに入ってしまえば、サーは二度と出て来ないことくらいだ。それだけ、彼の罪は重いらしい。
サーが何をしたか詳しく聞いていない。漠然と、あの砂漠の地の混乱は全て彼の仕業だということを周りの騒ぎようから推測したに過ぎない。でも、それは仕方ないことのように思われる。だって、彼は砂なのだ。だから、彼が砂漠で嵐を起こすのは何も可笑しなことじゃあない。自然の摂理だ。


「ねえ、一度入ったら絶対出てこれないの?」

「さあな」

「それ、嫌じゃない?私はすごく嫌なんだけど」

「別に」


最後の会話になるかもしれないのに、サーはそっけない返事をする。その声の調子じゃ、私なんかどうでもいいみたいだ。だけど、じっと動かない視線は間違いなく私を捉えているから、私はまだ諦めず檻を掴んでいられる。


「あ、そうそう。バナナワニは動物園に行くから安心してね。手配しておいたから。だって、かわいそうだもんね。ああ、あとミス・オールサンデーがサーの宝石を全部持っていっちゃった。ちゃんとバイバイしたよ。サーもした?ええと、それから…」

それから、それから。
私の話をサーは静かに聞いていた。厳密に言うと、聞いているかどうかはわからないが、少なくとも私を静かに見ていた。話の途中で、私は何度も鼻をすすった。終始声は震えていた。


「おい」

「な、に?」

「無理して笑ってんじゃねェよ」


声が、言葉が、その瞳が。愛しくて愛しくて。だから、胸がぎゅうと痛む。
本当に、私たちは何だったのだろう。恋人でもないし、友人のような関係でもなかった。だけど、いつも側にいた気がする。
言うべき言葉が見つからない。馬鹿な女だと、いつもみたいに笑ってくれればいい。私は馬鹿だ。


「あのね」

「あぁ」

「わたし、サーが好き」


生まれて初めて口にした言葉の感触は、思っていたものとは違った。なんて簡単な一言だろう。羽みたいに軽くて、容易く吹き飛んでいく。ありったけの想いが、これだけの言葉に収まる気がしなかった。たった二文字の単語では、きっとこの気持ちは伝わらない。それが悔しくて、もどかしい。俯くと、涙がポタポタと落ちていった。泣くつもりなんかなかったのに。


ジャラリと鎖が動く音がして、私の足下に大きな影が落ちる。顔を上げると、サーは私の前に立っていた。


「遅ェよ、馬鹿女」

「ご、ごめん」


クハハと笑った彼の顔は、泣きたくなるくらい優しかった。


「おい。顔をあげろ」

「え、うわあっ」


自由の利かないサーの右手が勢い良く私の服を掴んだ。そのまま引き寄せられ、噛みつくように唇を奪われた。ぬるり、と柔らかく生ぬるいものが、口の中を犯す。それは荒々しいものから、すぐさま味わうようにねっとりとしたものに変わった。遠くで慌てた海兵の声がする。それが近づいてくると、私はその方へ突き飛ばされた。


「クハハハ、最後の相手がお前とはな」


私を抱き止めた海兵が何か言っていた。けれど私はそんなことより、今し方奪われたファーストキスの衝撃に呆然とすることしかできなかった。海兵に押されるようにして外へ出される。最後に見たのはニヤリと笑う悪人面。


「サーのいじわる……」


本当に最後までひどい人。間違いなく、サーは海賊だ。彼は全てを強引に奪っていった。


「返してよ。私の初恋」


口に広がる熱は甘くて、今度こそ私は声を上げて泣いた。



/ファーストキス
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