星空がどこまでも続いていた。黒々とした布に霙(あられ)を散らしたように小さな光の欠片がいくつもいくつも縫い込まれている。


星空の下、くすくすと笑いながら軽やかに駆けてゆく少女を、キッドはのろのろ追いかけていた。少女は、星の海を見上げては無邪気に笑い、時おり振り返っては、やはり笑った。一方、キッドはというと、彼は目の前の少女から決して目を離さなかった。小さな星たちの瞬きの中、一層強い色を放っている存在を無視することなど彼にはできなかったのかもしれない。

少女は軽やかにステップを踏みながら、異国の歌を口ずさんでいた。音程はとれていない。しかし、陽気な歌だった。


「おい」


歩みを早めて手を取れば、振り払われた。予想もしなかった拒絶に、キッドは面を食らう。目を丸くしているキッドを置いて、少女はズンズン歩き出した。


「……………」


少女が十メートルほど離れてから、男は足早にその後ろに歩み寄った。

キッドはその細い腰に手を伸ばすと、そのまま彼女を抱き上げた。軽々と地から浮き上がった体に、少女はわっと声を上げた。脚をばたつかせたが、キッドはその抵抗をものともしない。暴れる少女を肩に担ぎ上げる。ぐっと強く足を押さえつければ、次第に大人しくなった。

掛かる重みはやけに熱い。


「ねえ、キッド」

「あァ?」

「このままどこかに連れて行ってよ」


このままさらっていってよ、と担がれたまま少女は笑った。キッドは黙ったまま、少女を抱えて歩いていた。


「できないのね」

「………………」

「やっぱり、海へは連れていってはくれないのね」

「ああ」

「キッド、下ろして」

「………………」

「下ろしてよ!キスしたいんだから!」


再びバタバタと暴れ出した少女を、キッドはため息混じりに肩から下ろした。爪先からゆっくり着地した少女は、星を映した瞳でキッドを見上げた。陰翳の中の煌めきに吸い込まれそうになる。


「ね、かがんで」


夜空に溶けるような囁きに従えば、手のひらに指先が触れた。そのまま、引き寄せられるように唇を重ねた。時が止まれば良いのにと思ったのは一体どちらだったのだろう。


「あーあ。星の海に溺れて、死んでしまえたらいいのに」


うっすらと涙を浮かべながら、少女は微笑んだ。ささやかな雫が一粒、落ちていく。触れた指の先が僅かに濡れた。



/星みたいな君
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