くっそ!ファック!ファック!ファック!と頭の中で叫ぶ程に腹が立つことがあった。頭の中が不愉快なことでいっぱいだ。そこでは口にするのもはばかられる罵詈雑言が飛び交っている。でも、この怒りをぶつけられる場所はないもんだから、私は今ものすごく困っている。ああ、どうしたものか。

そういう時、現代人の多くは携帯を取り出して、ネット上に己の不平不満を衝動的に書き連ねたりしてしまうのだけど、その行為は見ている側にとっては不快だったり、失笑ものだったりするから、私は絶対にやらない。だって、嫌だ。嫌なんだもの。


「でも、誰が聞いてくれるっていうの……」


さみしいことを言ってしまったけれど、別に友達がいないというわけじゃない。ただこの怒りを発散させてくれる人が今すぐにはいないというだけ。連絡して、じゃあ明日ね、ではすまないくらいに、私は今猛烈に怒っているのだ。


「うう………っ!」

「何をやっているんだ」

「き、キラーくん!」


驚いた。隣のクラスのキラーくんが急に現れて、尚且つ私に話しかけてくるなんて。彼と話したことは数えられるくらいにしかない。すれ違っても、挨拶さえしないなんてこともしょっちゅうだ。


「おい」

「はっ、はい!」

「キッドの席はどこだ」

「あ、あそこ……っ」

「ありがとう」


驚いた。驚いた。不良なのに、お礼を言ったりするのか。


「…何かあったのか?」

「え」

「何かぶつぶつ言っていただろう」


ファック!聞かれていたのか。どうしようもなく恥ずかしい。キラーくんは肩が揺らして笑っている。


「聞かなかったことにしてください……」


そんな独り言は気持ちが悪い。ネットでぶつぶつ言うのも気持ちが悪い。不特定多数が見ていると知りながら、誰かの悪口や愚痴を言うのは、何だかなあと思う。いやいや基本的に独り言は痛い。恥ずかしい。

キラーくんはユースタスくんの席にノートを置くと、私の席に歩み寄った。


「帰らないのか」

「あ、いや、プリント提出しなくちゃいけなくて」

「……空欄だらけだな」

「あはは………」


笑えない。


「俺が、埋めてやろうか」

「え?…あ、ああ」


ずっと握っていたせいでシャーペンが温かくなってしまっていた。それを渡すのは恥ずかしいのだけれど、キラーくんが手の平をゆうるく開いて待っているから、渡さないわけにもいかなかった。

お願いしますと頭を下げる。すると、彼は黙って前の席の椅子に腰掛けた。

私が見つめる中、キラーくんは至って冷静に白紙の答案を埋めていった。私だったらきっと緊張して、こうはいかない。彼は、私が書き直しやすいよう筆圧を弱めて、素早く答えを書いていった。そうして、私が手も足も出なかった問題を、彼はおおよそ五分で片付けてしまった。


「あ、ありがとう」

「ああ」


難しい英単語をサラリと書いてみせるあたり、キラーくんは「できる不良」なんだろう。そんな言葉は聞いたことないけど。


「本当に助かったよ。キラーくん」

「それは、良かった」


またまた驚いた。キラーくんはこんな風に笑う人だったんだ。いつも顔の怖いキッドくんといるから、今までまじまじと見ることがなくてわからなかったけど、キラーくんはこんなに優しく柔らかく笑う人だったんだ。


「……その」


我知らず、じっと見つめてしまっていたみたいだ。彼は恥ずかしそうに俯いた。頬に落ちた長い睫毛の影にドキッとする。


「さっき、俺が言ったことなんだか………」

「え………?」

「あれは、その……さみしいなら、そのさみしさを、俺が埋めてやろうかという意味で、言ったんだ」

「えっ」

「……引くか?」


えっ、えっ、えっ!なんだなんだどういうことだ。
キラーくんの言葉と目の前で恥ずかしそうにしているキラーくんとその他色々なものがぐっちゃぐっちゃに混ざって、混ざって、混ざって。ああ、だめだ。混乱する。


「そ、それはどう受け取れば………」

「好きなように……受け取ってくれて、良い」

「じゃ、じゃあ……っ」


キラーくんは不良だけど、友達思いで、ちゃんとお礼が言えて、頭が良い上に顔まで良くて、字が丁寧で、それで加えてなかなかのロマンチスト。なのかもしれない。そんなキラーくん。そんなキラーくんは、とても、素敵に思えた。


「あの、よろしくお願い致しますというか、なんというか……」

「ああ、こちらこそ、よろしく……」


教室でお辞儀をし合う。ああ、さっきまでの怒りはどこへやら。とにもかくにも、私はキラーくんのことで頭がいっぱいいっぱいだった。


/ミキサー
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