「キラー」


その微笑みは純白だ。それを向けられる度、仮面の中の顔が歪む。彼女は、化け物じみた自分とはまるで違う生き物のようだった。例えるなら天使。慈悲深そうな微笑を浮かべる可憐な少女の姿は、この目にはひどく眩しかった。その優しげな目元に何度心をほぐされたことだろう。しかし、彼女は天使にして少々小生意気で、悪戯好きな一面があった。


「ねえ、仮面をとってみせてよ」

「断る」

「どうして?何か理由があるの?」

「なくはない」

「ねえねえ、いいでしょう?ああ、それとも、私に顔を見られるのがこわいのかしら」


さっきまで屈託なく微笑んでいた少女が、今度はニヤリと悪い笑みを浮かべてみせる。ほら見ろ。彼女は天使なんかじゃない。本性は、天使のなりをした小悪魔というところだ。


「そんなに気になるか」

「もう!いいから、仮面を外しなさいよ」

「お前が俺の恋人だったなら、見せてやらないでもない」

「あら、そうなの?」


ニヤリがニタリに変わる。彼女はいつだって、天使にしてはシニカルで、悪魔にしては可愛らしかった。


「キラー、あなた今お相手がいらして?」

「あいにく」

「ふふふ。じゃあ、私がなってあげましょうか」


淑女を気取っているのか、彼女は海賊のくせに丁寧な言葉を使った。しかし、その慎ましやかな唇が紡ぐのは、嘘か誠か。訝しがれば、彼女の晴れやかだった顔は徐々に曇っていった。


「キラー、あなたは誤解しているわ。私、あなたの顔なんか正直どうでもいいのよ」

「信じがたいな」

「いちいち煩い男ね。じゃあ、あなた、仮面をしたままで私にキスできるというの?」


小生意気な唇は尚も滑らかに言葉をなぞる。艶やかな瞳は探るように俺を見つめていた。彼女はそれがどんなに男を翻弄するかわかっているのだろうか。


「そりゃあ出来ないってことはないと思う。でもね、私はそれで満足できるほど慎ましいレディーじゃないのよ」


饒舌に語る彼女の前では自分の言葉など無力な気がした。沈黙する俺を見て、彼女は得意顔になった。


「きっとあなたは顔を見られるのが嫌なのね。でも安心しなさいな。あなたが醜かろうがねえ、きっと私はあなたを愛し続けるんだから」

「何を根拠にそんなことを……」

「根拠はあります。私はあなたよりも醜いのだからね」

「思ってもいないことを言うものじゃないぞ」

「ふふん。じゃあ、あなたは私が美しいと思うのね?そう。それなら、そう信じていればいいわ。そうして私を愛せばいい」


絵画の中でも、とびきり美しく、とびきり優しいタッチで描かれた、印象派の作品があれば、そのタイトルを彼女の名前にちなんで付けたいものだ。絵には詳しくないし、絵など真剣に見たことがないけれど、彼女の優雅な口元は芸術的な美しさに通ずるところがあると思うのだ。


「ねえ、愛してあげるから、ちゃんと愛してあげるから、あなたも私を愛してよ。ああ、それから、キス。キスして頂戴」


仮面をとれば、彼女がこれ以上の幸せはないと言わんばかりの笑顔を見せた。そうして、緩慢な動きで、どちらともなく唇を合わせた。
そういえば、俺はその花びらの柔らかさを知らなかったのだった。その熱は甘美。触れ合った先から、ため息が洩れた。うっとりとしていれば、不意に彼女が離れた。とろけ、潤んだ瞳に劣情が膨らむ。


「ねえ、キラー。私を愛した後で、どうか幻滅なんかしないでね」


懇願するように擦りよってきた少女のなんといじらしいことか。抱き締めて、再び唇を求めれば、彼女は従順に応えてきた。


「どうか、きらいにならないで」


殺戮を繰り返す異形に彼女は愛を囁き続ける。彼女が天使なら俺は何だろう。彼女がキスの狭間で洩らす息をも喰らわんとする俺は、一体何だ。
いや、今は何だって良い。床に転がっている仮面には悪いが、とにかく、俺はこれからその天使を抱こうと思う。


/獣(けだもの)
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