近年、女スパイのトレンドも変わってきている。昔は、本当に映画に出てくるような完璧な美女であることが女スパイの絶対条件だった。けれど、最近は男の方も慎重になって、美女からのあからさまなアプローチには引っかからなくなってきた。グラマラスな美女なんかより、むしろ慎ましい淑女の方が男を誘惑しやすい。つまり、何が言いたいのかというと、今の女スパイは胸やら脚やらをやたら露出する必要があまりなくなってきたということ。
そりゃあ未だに馬鹿な男はそこら中にいる。ちょっとそういう雰囲気を出せば油断しちゃって。誘拐だってちょろい。でもそんなのは三下だけ。憎まれて常に命を狙われてるのに、そんな安い常套句に引っかかるような奴は私たちのターゲットじゃない。
「あーやっぱり!想像以上に素敵!」
今日のために仕立てたドレスは改めて着てみても、うっとりしちゃうくらいに素敵だった。こんな私でも、正面から見れば品の良いレディーだ。でも、一応背中が大きく開いたものを選んだ。隙がない女っていうのもどうかと思うもの。
「なによ。さっきからジロジロ見て」
先ほどから背中に刺さる不躾な視線。振り返れば、相変わらずの仏頂面と目が合った。
「……別に」
「別に」ですって。はん、何よ。すましちゃって。ああ、腹が立つわ。ロブ・ルッチ。女の子が綺麗に着飾っているのに褒め言葉の一つもないの?ありえないわ。
そんなルッチもきっちりドレスアップしている。これがなかなか様になっているのだから、鼻につく。背も高いし、黙っていれば文句なしにいい男なのよね。認めたくないけど。
「まあ、想像していたものよりは幾分良いがな」
「あら、ありがとう。あなたも悪くなくてよ」
口を開けば、ただの嫌みな男に降格だけどね。
腰に回った手にエスコートを受けながら、入り口に到着した。検問を行っている若いホテルマンの前にくると、ルッチは体を屈めて私のこめかみにキスを落とした。
「ドレスが似合うな」
ルッチがこそこそと耳元で囁いた。私は恋人らしく俯いて可愛らしくクスクス笑ってみせた。
「嘘がお上手ね」
くすぐったくて仕方ないといった様子で私はルッチに囁き返した。甘えた声で、それこそ本当に恋人にするみたいに。
「嘘じゃない」
不意に鼓膜を揺らした言葉に思わず顔を上げた。私を貫いた瞳に偽りの色は見えない。
私は無意識の内に体を引いていた。しかし、逃げる腰をルッチが強い力で引き寄せる。
「……任務に集中しろ」
耳に唇が掠るくらいの距離で、ルッチが言った。その声が、やけに熱っぽく頭に響いた。
/一瞬、息が止まりそうになった。