「帰らないのか」
びゅうっと耳を裂くような鋭い風が吹き抜けた。
「言っておくが、ユースタス屋なら帰ったぞ」
「知ってるよ」
キラーくんと帰るのを、さっきここから見たばかりだ。彼らはとても仲が良い。クラスが違うくせに、いつも一緒に帰っている。
「お前、まだあんなやつが好きなのか」
ため息混じりに、そんなことを言われても、私は何も言えない。
「俺はお前が好きだ」
「うん」
「俺なら、お前を置いて帰ったりしない」
「……うん」
「お前の気持ちだって、すぐに気づいてやれる」
「そう、だね……」
論理的に考えれば、ローほど良い物件はないと思う。かっこいいし、頭も良いし、何より私を想ってくれている。でも、私が好きなのは彼じゃないのだ。
申し訳ない気持ちでいっぱいだった。私が彼の立場だったら、こんなこと耐えられない。だって、もしキッドが私以外の誰かのことを見ていたらなんて、考えるだけで苦しい。
「俺の気持ちは迷惑か?」
そんなことないと私は首を振った。迷惑なんかじゃない。私は、私を好きだと言ってくれるこの優しい男を縛り付けてようとしていた。それを分かっていながら、ローを手放すことは出来なかった。
「ごめん……」
「謝るな」
ローを好きになれば良かったなんて。それは、どんなに残酷に響くだろう。キッドが私を傷つけるように、私はローを傷つける。自分に吐き気がした。
「俺は簡単に諦めたりしない」
ギュッと心臓を掴まれた気がして、俯いた。なけなしの良心がキリキリと痛む。
「早く俺を選べよ」
ふと目に入った拳は強く握られていた。痛いのは、私じゃない。辛いのは、私じゃない。傲慢にも、私は彼の心がボロボロになるんじゃないかと心配した。そこで気づく。私に良心なんてなかった。だから、私は彼を傷つけ続けることができるのだ。
/自嘲