満身創痍の体は限界が近かった。しつこい追っ手をやっとのことで振り払い、体中あちこち傷だらけになって駆け回り、転がるようにして路地の死角へ入り込んだ。
血と土とに塗れた傷口はグロテスクで、ジンジンと焼け付くように痛む。闇の中、周囲を警戒するが辺りに人気はなく、道そのものが寝静まっているように思われた。
壁に体を預けて、半ば崩れ落ちるように地面に座り込む。喉から低い唸り声が洩れた。四肢から力を抜くと、ゆっくり骨が沈みこんでいった。

それからどれくらい経っただろう。もはや体は動かなかった。例え追っ手に見つからずとも、このままではいずれ野垂れ死ぬだろう。

耳をすましても何の音も聞こえてこない。意識が散り散りになって、だんだんと体が冷えていく。


思えば、私は逃げてばかりだった気がする。逃げて、逃げて、言い訳ばかりして。そうしてたくさん楽な思いをしたけれど、私は決して幸せではなかった。
こんな風に生きてしまったから、しがみつくほどの人生でなくなってしまった。

死を覚悟するというよりも、生を諦めるに近い気持ちで、私は静かに目を閉じた。
深い深い闇の底。
響いたのは耳に障る笑い声。


「フッフッフッ!こりゃまた汚ねェ人形が落ちてるなァ」


聞き馴染んだ声に、微睡みから目覚める。目蓋をのろのろと上げると、相変わらずのふざけたコートが嫌でも目に入ってきた。


「ドフラ、ミンゴ……」

「よォ、参ってるみたいだな」

「消えろ」

「おいおい、レディーらしからぬ発言だな。今日くらいしおらしくしてろよ」


こいつの頭の中にはピンクの羽毛が詰まっているに違いない。その下品な面を一発殴ってやりたいが、今はどこにも力が入らない。目を瞑るのさえ億劫だった。背の高いヤツを見上げるなんて、尚更だ。


「無視かよ。冷てえなァ」


ドフラミンゴはしゃがんでも大きかった。そして、なにが愉快なのか。奴は唇を歪めながら、笑っていた。


「なァ、助けてやろうか?」


不意に長い指が伸びてきて、そっと私の頬を撫でた。そのまま乱れた髪を整えられ、顔に付いていたらしい土を拭われる。不思議と不快感はなかった。


「それじゃあ、お家に帰ろうか。オジョウサン」


沈黙を肯定と受け取ったらしいドフラミンゴは私をゆっくり抱き上げた。膝裏に腕が回され、ふわりと体が浮く。背中の支えは冷たい壁と違って温かかった。


「あ…………」


何かが零れ落ちた気がした。視界がぼやけて、闇が滲む。私はずっとヤツの趣味の悪いシャツを握っていた。
寝てろ、とヤツが言う。
そんな風に優しい声なんか出すな。気持ち悪い。そう言ってやろうとしたが、喉に何か詰まったみたいに声が出なかった。

その胸に頭を預け、私は空を仰いだ。辺りは静かだったが、右耳からはドクリドクリと大きく鼓動している心臓の音が絶えず伝わってきていた。

もうすぐ夜が明けるのだろう。空は白み始めていた。きっとあと一時間もしない内に世界は光で溢れ出す。そんな朝を想像して、目障りな色のコートに顔を埋めた。濡れた頬を穏やかな風が撫でていく。


脈打つ心臓を聞きながら、私は意識を手放した。

/beatific
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