やさしいね
まもなくして着いたのは、大きな屋敷だった。その外観は、まさに壮大。まるで城のような館だとフィノは思った。滑らかな石畳を歩きながら、フィノは忙しなく目をキョロキョロさせていた。しかし、その余裕もクロコダイルが歩き出した瞬間になくなることになる。
「く、クロコダイルさんっ」
彼の歩みは、あまりに速かった。「待って」と言っても、こちらを振り返りもしないし、立ち止まりもしない。帰りの車内でも、無視され続けていたフィノは泣きべそをかきながら、その背中を追いかけた。
クロコダイルに追って、辿り着いたのは一つの大きな部屋だった。そこで漸く彼は振り返った。フィノは肩で息をしながら、潤んだ瞳でクロコダイルを見上げた。
「クロコダイル、さん?」
彼はじっと見下ろすばかりで何も言わない。フィノが小首を傾げて、見つめ返すと、クロコダイルは舌打ちをして、くるりと背を向け、ドアノブに手をかけた。
「ま、待って!クロコダイルさんどこかに行っちゃうの?」
「うるせェ。俺はまだやることがある。てめェは風呂にでも入ってこい」
風呂ならそこだ、と部屋の隅にある扉を指す。フィノは素直にそちらへ足を向けた。
「……おい」
突然、勢い良くバサリと投げられた白いYシャツ。慌ててフィノがそれをキャッチする。ふわり。清潔な香りがした。
「それでも着てろ」
広げたシャツは明らかにクロコダイルのものだった。
「あとは好きにすればいい」
それだけ告げて、クロコダイルは既に踵を向けて歩き出していた。パタンとドアが閉まって、部屋に静寂が訪れる。
「やさしいなぁ」
フィノはくすりと笑った。人は見かけで判断してはいけない。ミス・オールサンデーの言う通り、無視していたのは照れていただけだったのだ。きっとそうに違いない。
フィノはうんうん頷いて、真っ白なシャツと共にシャワールームに消えた。