またね
「ここで降りるわ」
ミス・オールサンデーの指示に、車は緩やかに減速し、停止した。
「え、一緒じゃないの?」
彼女の言葉は、フィノにとって思いがけないものだったらしかった。フィノが心から残念がっているのを見て、ミス・オールサンデーは困ったように微笑んだ。
「私も残念だけど……。フィノ、会えて良かったわ」
おやすみなさい、と彼女が手を振ると、フィノもそれに倣った。奥に座っている男はこちらを見向きもせず、葉巻をふかしていた。フィノは「またね」と笑っていた。無邪気な笑顔だった。
彼女は、何も言わず、手を振り返した。
車が小さくなるのを見送り、ミス・オールサンデー――ニコ・ロビンは小さな嘆息を洩らした。
決して情が移ったというわけではない。しかし、これから少女の身に降りかかるだろう残酷な仕打ちを思うと、彼女は胸が痛むのだった。
クロコダイル。打算的で冷酷なかの男が、善意や気まぐれで人間を拾うはずがない。ましてはあんな非力な少女を。あのいたいけな少女は、散々辱められた挙げ句、殺されてしまうのだろう。彼女の知るクロコダイルはそれを平気でしてみせる男だった。
「またね」と手を振っていた少女の無垢な笑顔が思い出された。言いようのない淀んだ感情が湧き起こる。それはひどく人間らしい感情だった。
「ごめんなさいね。フィノ」
風が強く吹いている。それはひどく冷たかった。