拾ったよ
少女の細い顎に当たる凶悪な鉤爪。それから目を逸らすように、少女はギュッと目を瞑った。
獰猛な鰐が、無防備な兎を目の前にして何もせずにいられるはずもなかった。これをどうしてやろう。クロコダイルの右手が、血色の良い頬に触れようとした。その時だった。
「楽しそうね」
艶やかな声が、それを止めた。
「ミス・オールサンデー……」
クロコダイルは少女の顎を捕らえたまま、女を睨みつけた。女は茶化すように笑いながら、その鋭利な視線を受け流す。
「あんまりいじめちゃ可哀相よ」
クロコダイルは舌打ちをすると、しぶしぶ少女を解放した。あ、と小さな声を洩らして、ふらりとよろめき、少女はペタンと尻餅をついた。
「大丈夫?」
ふわりと花の香り。少女が恐る恐る顔を上げると、笑みを浮かべた女が少女の顔を覗き込んでいた。その美しい顔を目の前にして、かあっと少女の顔が朱に染まった。
女は、柔らかく笑った。
「かわいいお嬢さんね。お名前は?」
「あ、フィノ、です」
「フィノ、怖がらないで。何もしないわ」
楽しげな女の後ろに、クロコダイルが憮然とした様子でこちらを睨んでいた。それに気づいた少女は微かに体を強ばらせた。
「気にしなくていいのよ。彼は目つきが悪いだけなの」
怯えた表情を見せたフィノに、女は優しく微笑んだ。
「帰る場所はある?」
少女は首を振った。そうこうしている間に、運転を任されていた海兵がやってきた。女は状況を説明した。身寄りのない少女を見つけたこと。また、英雄クロコダイルはそれを保護するつもりであるということ。最後の一言にクロコダイルはあからさまに自分の部下を睨みつけた。が、女は爽やかにそれを受け流した。
海兵は本部に報告するために、車の方へ戻っていった。
「ふふ、残念だったわね。海軍に見られてしまっては、ここで始末できないわよ」
コソッと女が耳打ちをすると、クロコダイルが忌々しげに舌打ちをした。
「怒らないで。帰ったら、あなたの好きにすればいいじゃない」
「気に入ったならペットにでもしたらいいわ」と女はクスリと笑った。
一方、フィノはもう安全だと判断したのか、先程とは打って変わって、明るい表情でクロコダイルを見上げた。
「ねえ、あなたのお名前は?」
クロコダイルはフィノを一瞥すると、何も言わず、足早に車に戻ってしまった。
「無視された……!!」
「照れているのよ。……さあ、私たちも行きましょう。温かいミルクティーをご馳走するわ」
その言葉にフィノの瞳がキラリと輝いて。女はまたクスリと笑った。