見つけたよ
皓々と照る月の下。訪れた者は何びとも歓迎だと言わんばかりに、大きく開け放たれた扉。クロコダイルは生まれて初めて、教会に足を踏み入れた。
そこに広がる光景は、冷酷な男の息をも奪った。白い月光の世界。月影が大きなステンドグラスの窓から差し込み、色彩を散らしている。その極彩色は砂漠の宵の冷たさを忘れさせるかのようだ。しかし、その鮮やかさに毒々しいものは一つとしてない。その光の色は、慈悲深さを感じされるほどに淡く、あたたかだった。その世界の真ん中に、男は小さな後ろ姿を見つけた。
「生き残りか?」
それは弾かれたように顔を上げた。クロコダイルはそこに少女の姿を認めた。
「た、食べないで!」
幼さの残る声が教会に響いた。少女は小さな両手を胸の前で握り合わせて、びくびくしながらクロコダイルを見つめている。その様子は、まるで小動物のようだった。
「誰がてめェなんかを食うか」
「えっ、食べないの?本当に?」
少女からすると、食べないということの方が驚きが大きいらしかった。クロコダイルがそれを黙殺すると、少女は「ごめんなさい」と焦った声で謝罪した。
「あの、ここ、何があったんですか?」
「わたし、ここの子じゃないんです」と言う少女に、クロコダイルは僅かに眉をひそめた。彼が近づくと、少女はますます畏縮して、おどおどした。その反応は彼の気分を良くするものだった。狂気の色を帯びた猛獣の瞳が、月光を浴びて鈍く光る。少女を更に追い詰めるべく、クロコダイルは口を開いた。
「今日、砂嵐がここを襲った」
「え?じゃあ、ここにいた人たちは?」
「全員、俺たちの下だろうな」
わざとらしく足下に視線を落としてみせれば、少女の顔に恐怖が浮かんだ。クロコダイルの顔には笑みが浮かぶ。
「このまま、ここに残れば、お前もこいつらと同じ運命を辿るだろうな」
砂に埋もれて枯れていくんだ。耳元で囁けば、ビクッと少女の体が跳ねた。その反応に更に気を良くして、クロコダイルはニヤリと口角を上げる。
クロコダイルは静かに少女を見下ろした。
滑らかな肌に、細い肩。小さな唇は鮮やかな赤。僅かにかさついているのが惜しいが、それはどこか扇情的で艶めかしかった。そして、この瞳。不安げな色を持って控えめに見上げてくる瞳が堪らなかった。怯えながらも、少女はクロコダイルの瞳を捕らえて離さないのである。彼は嗜虐心を焚き付けられるのを感じた。
「選ばせてやる」
「え……?」
「ここで野垂れ死ぬか。俺に食われるか。選べ」
「えっ!?」
さっき食べないって言ったのに、と眉をハの字にして少女は非難の声を上げた。
「気が変わったんだ」
「わたし、結局死ぬんじゃ……」
「クハハハ」
クロコダイルは、左手の鉤爪で少女の顎を持ち上げた。
「っ、冷たい!」
きゅ、と眉を寄せて身を捩る。それがまた堪らなくクロコダイルの加虐心をそそった。
「さあ、選べ」
クロコダイルは、楽しくて仕方がないというように、妖しく笑った。