風が強い。何度も少女の長い髪は風にさらわれ、その度小さな手がそれを追いかけた。
「うー………」
あまりの寒さに、なまえは眉根を寄せた。体を縮こまらせ、猫背になりながらも、足早に前を歩くキッドから引き離されないよう、必死に歩く。冷たい風が、頬を切り裂くように吹き荒れている。手を袖の中へ引っ込めるが、どうにも冷えた。なまえは再び唸った。キッドは聞こえないふりをする。
振り向いてほしい、となまえは思った。広い背中に念じたりもした。しかし、当の本人は気づきそうにない。指先が痛いほど冷たくなってきていた。出来る限りの処置として、それを紛らわすように手を揉んだり、息をかけたりする。けれど、痛みはおさまりそうにない。
そこではたと気がついた。
キッドがいない。
慌てて周囲を見渡すが、どこにも知った姿はない。
「あ、………」
見知らぬ人々が、立ち止まっているなまえを迷惑そうな目で一瞥していく。やっとの思いで足を動かし、周りに視線を滑らせるが、キッドの姿はなかった。人の波は無遠慮に流れている。こめかみがかあっと熱を持ち、頭の中がぐらぐらと揺れ始めた時だった。
「なまえ!」
低い声が自分に向けられたものだと脳が理解する前に、大きな手が自分の手を握っていた。顔を上げる。鮮やかな瞳と目が合った。その水面は揺れていた。
「キッ、ド……」
なまえが感じたざわめきは既に消え去っていた。かわりにあたたかい安堵が胸に広がりつつあった。涙腺がふにゃりと緩もうとした時、珍しく、彼の眉がハの字になっていることに気づいた。
「キッド……?」
名を呼びかければ、すぐに眉根が寄り、しかめ面に変わる。
「……ぼけっとしてんじゃねェよ」
キッドは不機嫌そうに呟き、歩き出した。容赦なく手を引かれ、なまえは前のめりになる。手は強く握られていた。転ばぬよう足を忙しなく動かす。なまえは戸惑いを顔に浮かべ、その中で冷え切った手をぎこちなく動かしたが、更に強い力で握り締められてしまった。じわりじわりと、指先から熱が伝わる。
ちいさく、ごめんなさい、と呟いた。聞こえたかどうか、定かではないが、二人の歩幅は徐々に穏やかになっていった。