違う。そうじゃない。
お前が怒れば直ぐに止めた。お前が泣けば、きっと謝った。そのつもりだった。そうなると思っていた。

だけど、お前は怒りもしなければ、泣きもしなかったんだ。




「キャプテン」


控え目な声に、やおら本から顔を上げると怪訝な顔をしたペンギンが隣に立っていた。


「大丈夫か?」

「何がだ」

「最近、ますます隈が深くなってる。キャスケットも心配していた」

「……あんまり、寝てねェ」

「眠れないのか」

「別に……。寝る時間が惜しいだけだ」


再び本に目を落とす。けれど、ペンギンは立ち去る様子を見せない。


「キャプテン」

「何だ」

「眠れないような問題があるなら、早く解決した方が良い」

「俺に指図する気か」

「違う。これは友人としての助言だ」


ちゃんと寝てくれ。その言葉にはどこか懇願するような響きがあった。


言われたことの意味はわかっている。この不眠の理由にペンギンたちが気づいていないわけがないのだ。

頭の奥がズキズキと痛む。空腹は感じる。でも、食欲はない。


「トラファルガーくん?大丈夫?すごく顔色が悪いよ?」「どうしたの、トラファルガーくん」「具合悪いの?」


女特有の媚びた声が四方から聞こえた。なんだお前ら。一度か二度寝たくらいで、恋人気取りか。触るな。触るな。気持ちが悪い。
イライラする。睡眠不足が祟って苛立ちが治まらない。俺は担任に体調不良を訴え、保健室へと向かった。眠れるかはわからないが、雑音の絶えない教室の中にいるよりはずっと良い。


一階までの道のりが怠い。階段を下る度、頭痛が悪化していくような気さえした。
その時、なまえが一階から上がってきた。そういえば、あれから一週間も顔を見ていない。同じ校内にいるのに、なまえとはまったく会うことがなかった。
一瞬だけ、なまえと目が合った。けれど、俺はいつものように目を逸らして、いつものように平然とその横を通った。それでも、今日ほど胸が痛んだことはなかった。
階段を下りきり、頭を巡らせる。なまえの姿は既になかった。



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