次の夜も、その次の夜も、俺は夢の中の女と会った。なまえと彼女は名乗った。名字は教えてくれなかった。「探されたら嫌じゃん」というのがなまえの言い分だ。自称幽霊は現実に存在する前提で話をする。しかし、毎晩嫌でも顔を突き合わせることになるので、いよいよ俺はなまえを幽霊と認めざるを得ないらしかった。


「会う度に俺が衰弱するとか、ないよな?」

「ははは、なんじゃそりゃ。テレビの見過ぎじゃないの」


夢から覚めて、よくよく考えてみると、やはり少し気味が悪いのだけれども、夢の中のなまえは、なんてことない、至って普通の女の子だった。快活に笑う様は、俺の知る幽霊のイメージにまるでそぐわない。でも、笑った顔が可愛いとちょっと思ったりもした。

向かい合うでもなく、毎回フェンスごしに俺たちは話す。俺はフェンスに寄りかかったり、コンクリートの上に寝そべったりしながら、なまえは切り立たれた地面にくつろぎながら、世間話に花を咲かせていた。なまえは話しやすかった。こんなに気を楽に出来るのは兄弟たちの前くらいだったのに、不思議なものだ。でも、その相手が存在するかもわからない幽霊なのだから、結局兄弟以外の人間には心を開けていないと言えるのかもしれない。


「なまえは、何で死んだんだ?」


はじめから、聞くのを躊躇うだとかそういうのはなかった。なまえはなかなか真っ直ぐな性分で、はっきりしていないことを嫌うということを数回会う内に俺は学んでいたし、何よりなまえの飛ばす自虐的な皮肉の中の軽快さに慣れてしまっていたからかもしれない。

きっと、自殺なんだろうと思う。彼女が座っている位置は、やはりそういうことなのだろう。しかし、俺が気になるのは、死因などではなくて、こんなに明るく愉快な人物がどうして自殺などしたのかということだった。なまえは人として魅力に溢れた女の子だと俺は密かに思っている。それが、どうして死を選んだりする必要があったのだろう。


「何で死んだの?」

「ふふふ、何ででしょう」


謎かけをするみたく、なまえが笑う。答えてくれるとたかをくくっていた俺は少しばかり困惑した。


「答えはね、教えてやらないよ」


あ、まただ。

なまえがまた寂しそうに微笑んだ。ふせられた目の長く伸びた睫毛の影が頬に落ちていく。
本当を言うと、笑顔よりもこの顔をするときのなまえの方が俺は好きだった。だって、そのときのなまえは、切り取って絵にしてみたいくらいに奇麗だったから。