「あんた何であたしが見えるの?」
「は?」
「あたし死んだのに」
幽霊を見ていたのは、どうやら俺の方らしかった。そうだとしたら相当気味の悪い夢だ。しかし、所詮は脳が見せているものだ。知らない女で尚且つ死んだ女を登場させる己の脳みそを疑いたくなるが、俺の本体が眠りから覚める気配もないので、しばらくは付き合ってやることにした。
「会ったこともない女に化けて出てこられるなんてな」
「いや、あんたが勝手にここに来たんでしょ」
夢の中の女はやけに鮮明だった。髪の色、目の形、唇の鮮やかさ。夢の中のものとは思えないほどに、女から生気を感じたし、何より挙動の一つ一つが現実にあるそれだった。そこらへんの女と変わらない。血色も良いし、表情も明るいものだ。それから、幽霊にしちゃあ随分と威勢も良い。
「死人が見えちゃうとか、あんた霊感体質?」
「知るか」
何が可笑しいのか、自称幽霊はクスクス肩を震わせて笑った。
「ふふ、夢なら早く起きなよ。地縛霊に会いに来たりしないでさ」
網の目から見えた横顔は微かに笑みを浮かべていた。けれど、それはどこかさみしげだった。
「おい………」
名を聞こうとしたが、瞬きを数回繰り返すうちに意識がぼやけていった。
ああ、目が覚めるのか。
女の背を見つめていたはずが、いつの間にかそれは見覚えのある天井に変わっていた。
やけに鮮明な夢だった。布団の中の温度が心地良くて、目を閉じた。あの女の横顔が瞼の裏に焼き付いている。程なくして俺は再び眠りについたが、夢の続きを見ることはなかった。