「一体どんな仕掛けだ?」


彼は右手で私の首を捉えようと手を伸ばしましたが、やはりその指は何にも触れることもなく、この肌へと飲み込まれていくのでした。

不意に、彼は紫煙を私の顔に吹きかけました。傍目からすればその行為自体は不快なものでしたが、私はただ視界が煙っただけで、香りも息苦しさも感じませんでした。


「見えちゃいるが、自体がねェな」


彼は腕を組んで、私を見下ろしました。


「能力者でもねェんだな?」

「はい」

「じゃあ、お前は何だ」


何と尋ねられても、何と説明すれば良いか分かりません。私は机の上の指輪へと目を落としました。


「さっき、これに触ろうとしていたな」


彼は指輪を手にとり、その中指にはめました。
その一瞬間に、私の中であらゆる感情の起伏が突然襲いかかってきました。眩しいほどの鮮やかな衝撃。それは記憶でした。忘れていた記憶が、火花を散らせながら蘇ってくるのです。堪えきれなかった私は大きくよろめきました。胸を締め付けられる痛みに、瞳から熱いものがこみ上げてきましたが、涙が零れることは絶対にありませんでした。

ややして、私は落ち着きを取り戻しました。胸に穴が空いたような気持ちはしていましたが、もう先ほどのような泣きたい衝動はありません。私は彼に向き合いました。そして、先ほどの問いに答えるべく、私はようやく口を開いたのです。


「私は、ヒトではないようなのです」

「なんだと?」

「お分かりのように、私には実体がございません」


私は机に手を置いてみせました。けれど、その指先は水の中にでも入っていくように、何事もなく机に沈んでいき、手首までもが机の中へ消えていきました。


「ですから、私もモノに触れることは出来ませんし、どんなものも私に触れることも出来ないのです」


だから、ヒトではないのです。私がそう言うと、彼はクツリと笑いました。


「殺せもしないか」

「はい。その手で私を殺すことはできません」


それは決して挑発などではありませんでした。


「でも、もしもあなたが私を目障りに思うのなら」


私はその指輪の輝きを見ていました。私の位置からは深い闇の色に見えました。


「その指輪を破壊してください。そうすれば、きっと私は消えるでしょう」

「変な女だ。俺にそんなことを教えていいのか」


彼には私が自殺願望者のように見えたのかもしれません。しかし、私は死を望んでいるわけではないのでした。かといって、生きたいとも思わないのです。何の望みもなく、ただ私は彼に全てを委ねることにしただけでした。私はその旨を彼に伝えました。


「無欲ってわけか。確かにてめェは人じゃねェな」


彼は笑いました。そして、再び金に光る瞳を私に向けたのです。


「結局、お前の生死は俺次第か」

「その指輪はあなたのものです。私は指輪から離れられませんから、あなたに従う他ありません」

「クハハハハ、そりゃあ悪くねェな。お前がどうなろうと興味はねェが、これを壊すのは少し惜しい気がしないこともねェ」


凶悪な笑みを浮かべながら、彼は見世物でも眺めるように私を見ました。その瞳は、獰猛な鰐が獲物をなぶり殺すような残酷な色を孕んでいたと思います。


「邪魔になったら殺してやる。それまで退屈させてくれるなよ?お嬢さん」


こうして、彼と私の奇妙な生活は始まったのでした。


2/2
back


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -