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気持ちが鬱(ふさ)ぎ込んでいたのだろう。人の多い教室。誰かのスキャンダル。やけに大きな笑い声。ここは、どこか息苦しかった。気づけば、休み時間には逃げるように教室から飛び出していた。
自分から他人(ひと)を避けておいてこんなことを言うのは可笑しいかもしれないけれど、人の気配から遠ざかるにつれて何だかとてもさみしくなった。どうしてか泣きそうだった。自分から逃げ出してきたのに、誰かに気づいて欲しくて仕方がない。人がいないところに逃げ込んでおきながら、自分は独りだとさみしがる。なんて面倒くさい人間なんだろう。なんて惨めな人間なんだろう。でも、求めずにはいられない。そんな都合の良い誰かを。それも、私だけをこの孤独から救い出してくれる誰か。私だけの人。こんな私を心配して、優しくしてくれる人。だけど、誰が気づいてくれるというのだろう。人から逃げて、こんなに巧妙に弱さを隠しているのに。
「なまえ?」
「……トラファルガー」
「どうかしたのか」
驚いた。そして胸に満ちたのは、得体の知れない喜び。
「別に……」
「そんなわかりやすい嘘をつくのか」
トラファルガーが肩を掴んできた。反射的にその手を振り払う。
「気安く触らないで」
「うるせェ」
トラファルガーが無遠慮に距離を詰めてくる。怯んだのを見てとったらしい。しかし、これ以上たじろぐことはプライドが許さない。私はトラファルガーを睨んだ。
「様子がおかしかった」
「え?」
「後をつけてみりゃ、泣きそうな顔でフラフラしてやがる。わかりやすいやつだな」
あとをつけられていたのか。気づかなかった。つまり、この男はあてもなく徘徊する私の姿をずっと後ろから見ていたわけだ。
「笑いたきゃ、笑えば……」
私は体をトラファルガーから逸らした。虚勢を張り続ける私をトラファルガーがどう思っているのだろう。きっとさぞかし滑稽だろう。
「馬鹿だな。本当に」
それっきり、彼は何を言うこともなく、私と並んで佇んでいた。何をするわけでもない。目的もない。しいて言うなら、トラファルガーが私を待っている。ちらりと見た横顔は、相変わらず端整だった。力の抜けた立ち方をするわりに、彼には隙がない。
遠くの騒がしさが、しいんと静まり返った廊下に響いていた。トラファルガーと私は口を閉ざしたまま突っ立っている。もう一度彼を盗み見ると、今度はバチリと目が合ってしまった。なんの感情も読み取れない。彼の眼差しは鋭いというよりは穏やかで、冷たいというよりは静かだった。私は乾いた唇を噛んだ。
「あんたも、馬鹿よ」
苦し紛れに呟けば、トラファルガーはくくくと笑った。