6
トラファルガー・ロー。
うちの高校で彼の名を知らない者はいない。他校との喧嘩の話もよく耳にするし、体に入れ墨まで入れている。とびきりの札つきだ。そのトラファルガー・ローが、赤面していたのが私は未だに信じられないでいた。
その日はトラファルガーのあの顔がチラついて、私は妙に落ち着かなかった。認めたくないことだが、可愛かったのだと思う。あの男に少しでもときめいたなどとは思いたくないが、事実だ。色事にまったく疎遠で、異性の友人もいない私には非常稀なことだった。だから、あの顔が頭から離れないのだろう。免疫がないのだから、当然だ。終業のチャイムが鳴ったところで、私は首を振って雑念を祓った。帰ろう、と立ち上がる。と同時に、トンと温かいものが肩に触れた。
「帰るだろ?」
そこには件の男。先ほどとは打って変わって涼しげな表情だ。
「…何の用?邪魔なんだけど」
「一緒に帰るぞ」
「は?なんで」
「お前を気に入ってるから」
「意味がわからない」
私は気の利いた返し言葉が見つからず、逃げるようにトラファルガーの脇をすり抜けた。彼は、何を言っているのだろう。どうやらこの男の座標軸は一般とは大きくズレたところにあるようだ。私のような愛想の悪い女につきまとうところを見ると、ただの酔狂としか思えない。やはりこいつは悪趣味だ。
「おい、もう少しゆっくり歩け」
「ついて来るな!」
「俺に命令するな」
「暇つぶしなら他を探して!」
「そんなつもりはない」
西日で校庭はオレンジ色に染まっていた。トラファルガーの影は追うように私の足元に伸びてきていた。埒があかない。私が立ち止まると、影は私の影の横に伸びた。
「何が目的?」
「あ?」
「からかってるつもりなら、やめて」
トラファルガーがむっとした顔で私を睨んだ。
「何が気に食わない?俺のお前と帰りたいと思うのが、そんなに悪いことか」
私は再び言葉を詰まらせた。畳み掛けるようにトラファルガーは続ける。
「もっとお前のことを知りたいと思うから、二人で帰りたいっつってんだろうが」
射抜くような眼差しに私はたじろいだ。それを見てとったトラファルガーは勝気に微笑んだ。