なまえのバイト先の前の花壇に腰掛けて、三十分ほど。
「ロー?」
やおら本から頭を上げる。なまえは目を丸くして立っていた。
「ああ、遅かったな」
「こんなとこで何をやっているんだ?」
「お前を待ってた」
「えっ、いつからだ」
「さあな」
「な、何かあったのか?」
「何もない。ほら、帰るぞ。家まで送ってやる」
本をリュックサックにしまって、立ち上がる。グッと近くなった距離にたじろいだなまえが僅かに後ろへ下がった。
「そ、それはありがたいが……」
なまえは困ったような顔で俺を見上げてくる。その上目遣いは悪くない。
「迷惑だったか?」
「そんなことはないよ」
「なら、いいだろ」
「でも……」
「ゴチャゴチャうるせェな」
人差し指の第二関節でコツンとその額を小突いてやった。
「俺が一緒に帰りてェだけだ」
我ながら子供じみていると思った。そして、自覚は恥を促す。顔に集まった熱を逃がす術を知らないために、俺はなまえに背を向けることになった。ポケットに手を突っ込んで歩き出した後ろ姿は、さぞ気取って見えることだろう。それがまた恥ずかしい。
「そうか」
そのとき吹いた風は冬のものとは思えない柔らかさを纏っていた。その風に乗って耳をくすぐるような声が届く。振り返ると、なまえははにかむように笑っていた。
「私も、いっしょに帰れて嬉しいぞ」
ざわりと細胞が震えたような気がした。じわりと汗が手に滲み始める。
「ありがとう」
「ああ」
いつだって、その隣はこそばゆく、それでいて心地良いのだ。
10p先にあるこの感情に、なまえが気づくはずもない。