夏の夕日に目が痛む。一歩教室を出れば、オレンジ色に塗り変わった世界が広がっていた。空気が違う気がする。いつもの廊下も、時を異すれば、こんなにも印象が変わるものなのかとその時は純粋な驚きを得た。
「ロー!」
思いも寄らない光景に目を丸くしていると向こうの方から声がした。見やると、なまえが手を振りながら此方に歩いてくる。
「あ!」
穏やかだったなまえの顔が突如険しくなった。足早に近づいてきたなまえは、俺の顔を思い切り掴んだ。無理やり唇を奪うみたいに、容赦なく俺の首を自分の方に引き寄せる。
ちょっと待て。「唇を奪うみたいに」は訂正の必要がある。首を無理に低い位置へと持って行かれるのは、痛すぎてとてもそんな気持ちになれない。
「おい、なまえ。何しやがる。痛ェだろうが。離せ」
「ロー!お前、また怪我したのか?」
俺の切れた口の端を見て、なまえの顔が更に険しくなった。どんな場面でも女のしかめっ面は良いものじゃない。
「もう!喧嘩はしても傷を作るなとあれほど言ったのに」
「無茶言うな」
「どうしてすぐ手当てしないんだ。渡しておいたバンソウコウはどうした?」
「どっかいった」
嘘だ。あれなら右のポケットの中にちゃんと入っている。ぶつぶつ小言を言いながら、なまえは鞄を探って、ぐしゃぐしゃになったバンソウコウを見つけ出した。
「ほら、貼ってやるから口を閉じろ」
「ヨレヨレじゃねェか」
「文句を言うな」
細い指先が、そっと傷口に触れた。なまえとの距離が近い。その柔い指に噛みついてやろうかと思って、止めた。そればかりは冗談ですまない。
「怪我なんかしちゃダメだよ」
「あァ」
なまえは時々親みたいな口調で俺を諫める。不思議と嫌な気はしなかった。
何だかんだ言ってもなまえは面倒見が良い。俺の怪我を見つけると、頼んでもいないのにいつも手当てをし始めるのだ。
「傷を作ったって、かっこよくないんだぞ」
「うるせェな」
太陽が真っ赤に燃えていた。しかし、明るい空の向こうは紺が滲んでいる。日はあっという間に沈むのだろう。
「きれいだな」
自然と口に出た言葉は窓の外に向けたものではなかった。赤い西日を浴びたなまえの瞳がキラキラ輝いていて、美しかったのだ。そんなことを知る由もないなまえは空を仰いで、頷いた。
「帰ろうか」
「ああ」
どちらともなく、自然に手を繋ぐ。肩を並べる俺たちは、知らず知らず茜色に染まっていた。
/夕焼けに染まれ