親を知る黒猫
あの後何事もなかったように、龍獄会の会長はカウンターの席に座る。
三水は用意してあったグラスへ静かにウィスキーを注ぎ、会長はそれを一気に飲み干した。空になったグラスへ再び注がれるソレを、また直ぐに喉に流し込む。
三水も会長も無言で酒を注いでは飲み干すを淡々と繰り返す姿に、唖然としながらその場に立ち尽くしていると三水と目が合った。
顎で座れと指示されるが、首を横に振る俺。気付けばボトルの中のウィスキーが半分以下にまで減っている、会長は余程の酒好きなんだろう。酔っ払いの相手なんてごめんだ。
しかし次の瞬間射抜かれるような三水の視線に負け、重たい腰を渋々会長の隣の席へ。
横にいるヤツのせいで乱れた自分の髪を手で撫で付けていると、不意に声を掛けられ肩が跳ねた。
声がした方に顔だけ向ければ目の前にずい、と大きく開かれた掌が迫ってきたので軽く頭を引き、指の間から会長を見る。
「さて、何から話してほしい?」
「は?」
会長の発言の意味が理解できず、不意に出てしまった声。
ああ、三水からの視線が痛い。この会長様がお帰りになられた後の事を考えれば、いとも簡単に背中に嫌な汗が滲む。
心の中で項垂れていると、目の前の開かれた手の親指が折れる。
「お前がいる龍獄会ん事か?」
次は人差し指が折れる。
「お前を拾った奥大源吉ん事か?」
中指が折れる。
「CHU-RINか?」
薬指。
「桜木桜花か?」
その名前を聞いた瞬間、俺の体が強張ったのが分かった。
会長はそんな俺を見て目で笑えば、唯一残っている小指を小刻みに2回ほど折り曲げてまたぴんと伸ばす。
そんなことをされると俺は自然に会長の小指を見てしまうわけで、最後は何だと考えている内、ゆっくりと折れる小指。
「それか、今は黒田翼ちゅう名前のガキの事でも話そか?」
ひゅ、と喉に冷たい空気が流れ、口を固く閉じた。背中に嫌な汗が伝う。
この男は俺の事を一体どこからどこまで知っているのだろう、下手に問えないのがもどかしくて仕方がない。
もしかしたらCHU-RINが俺の事について調べあげコイツに話したのだろうか、そう考えると合点がいくような気がする。
そもそも俺は部外者であり、こうしてCHU-RINの下に着くことになったが何処の馬の骨とも知れない奴を易々と入れるわけがないんだ、そうなれば問題は一つだけ。
俺にとってコイツらは味方なのかそうでないか、だ。
俺は未だ目の前に突き出されている会長の手をやんわりと払い、彼の目を見据えて口を開く。
「源吉の事は話してくれなくていい、まだ数ヶ月しか一緒に居ないけど大体はわかった」
「ほう」
「CHU-RINの事もいい、三水を見ればわかるから」
「ほう」
「俺の事もいい、俺の事は俺が一番よく知ってる」
「…ほう」
「俺が知りたいのは龍獄会と会長、アンタの事が知りたい」
細められた会長の目。
「新入りに話せる事は少ないと思う、だから話せる範囲でいい」
俺の言葉に会長は少し考える素振りを見せ、三水にボトルを寄越すよう伝えると自らグラスにウィスキーを注ぐ。
「三水、悪いけど買いモン頼んでもええか?あー、これで何か俺が食いそうなモン買うてきて。かんにんやで」
会長は上着の内ポケットから財布を取り出し、一万円札を引き抜くとソレを三水へ。金を受け取った三水は有無を言わずに店から出て行ってしまった。
会長と二人きりになったことで、辺りを包み込む異様な緊張感。俺は静かに息を目一杯吸い込んで、深く吐き出した。
「黒田、やったっけかいな今の名前は」
その言葉に頷けば、俺の緊張が会長に伝わってしまったのか鼻で笑われた。
「源吉や三水から龍獄会の事をどこまで聞いた」
「でかい組織ってことと、大辺組といざこざがあるぐらいしか聞いてない」
「そぉか、ほなら大辺組となんでそないなっとるかは知っとるか?」
「…知らない」
会長は俺の答えに小さく頷くと、グラスを傾け中身を少しずつ口に含みこくりと飲み下す。
「…そぉか、お前の名前。なんて言うん」
その問いに息詰まる俺。
「…武原満月、やろ」
ポツリと囁かれた名前を聞くと全身の血の気が引いた感覚に陥り、会長と目を合わすことすらできず膝の上で力一杯に握った拳を凝視する。
そんな俺を気に止めずに更に話を続ける会長。
「大辺組は何でか知らんけどお前狙うとる。何の意味があって狙うとんのかは分からん、もしかしたらお前の父親と間違うとんのかもな」
けらけらと笑いながら話す会長の言葉の中に疑問を見つけ、咄嗟に顔を上げると会長と目が合ってしまった。
「お前の父親、武原和成は龍獄会の幹部やったんや」
そんなこと生まれて初めて聞いた。
▼ BookMark