納得する黒猫
あの後ご立腹な三水をCHU-RINが宥め俺達はカウンターへと一度席へ着いた。
三水は席へは着かず上着を脱ぎカウンター内へと移動する。どうやらカクテルを作るようだ。袖を捲りながら俺の右隣に座るCHU-RINに何を作るか注文を聞いた途端固まった。
「オヤ…っ…嫌です!!絶対に作りません!!」
突然また怒り出す三水。CHU-RINがカクテルの名前を言っただけで何故そんなに怒り狂うのだろうか。
俺は訳も分からず端から見ればまるで夫婦喧嘩の様な二人を交互に見やる。
数分その喧嘩は続いた。俺は二人の喧嘩が終わるのが待つことが出来ずカウンターに凭れ掛かり寝る体制へ移った。
正直眠い。昨夜も今日の昼もここへ来るのを緊張していたせいかまともに寝れていない、もっと気を張らなければならないのかと思ったがこの光景をみればそうでもなさそうだ。
組んだ両腕に頭を乗せ軽く目を綴じた。
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暫くすると頭上から金属音が聞こえ頭を持ち上げる。
カウンター内にいたのは三水ではなくCHU-RINだった。カクテルを作るときに使われる用具の中では一番印象が高いシェイカーを持ち、リズム良くソレを前後に15回ほど素早く振るCHU-RIN。
こんなことも出来るのかと少し関心の目を向け上体を起こすと肩から何かが床へと落ちる。何だと下に視線を落とすとCHU-RINが着ていたパーカーだった。それを拾い埃を落とすように軽く叩く。
パーカーを叩いていると先程までCHU-RINが座っていたであろう席に三水の姿があることに気付く。
彼は上体を屈め両手で顔を覆い隠しカウンターと顔で両手を挟む形でいる。そいつの耳を見れば漫画に出てきそうなぐらい真っ赤に染まっていた。仕舞いには頭から湯気が出るのではないだろうか。次はどうやって怒りを鎮めさせたのかと疑問に思うのと同時に以前の出来事を思い出し若干鳥肌をたてた。(外伝:恋と咳は隠せない 参照)
この組は大丈夫だろうかなんて半ば呆れながら溜め息をついたときカウンターにコトリと小気味の良い音が聞こえた。
「クロチャン、おまちどーさまー」
カウンターに置かれたのはカクテル・グラス。グラスの中身は薄紫の液体が入っていた。グラスを引き寄せて軽く香りを嗅ぐと仄かに菫の香りが鼻腔を擽る。
見たことのない幻想的なソレを眺めていると「ブルー・ムーン」と言う声が隣から聞こえた。横目で隣を見ると頭は伏せたままの三水が、少しだけ顔を此方に向けていた。
「確か…19世紀後半にアメリカで発祥したといわれてるカクテルだよ。"青い月"という意味だけど、バイオレット…あー…菫のリキュールを使うから、薄紫色に見えるんだ。」
三水が説明をし終えるのを待っていたのか彼の側にも俺と同じカクテルがそっと置かれた。
それを見た三水はがばり、と効果音が付きそうな勢いで上体を起こすと信じられないと言った顔で口を金魚のようにぱくぱくと開閉する。赤い顔が更に赤くなったのは気のせいではないだろう。
俺の左隣にCHU-RINがカウンター内から戻ってきた。手に持っていたパーカーを返し軽く礼を告げる。CHU-RINはいつものように笑うと視線でカクテルを早く飲めと促した。
それに従うため恐る恐るグラスに口を着け中身を口内に注ぐ。これはレモンだろうか丁度良い具合に酸味と苦味が口内に広がり、菫の香りが鼻を抜けた。
「どお?」
「…飲めなくは、ない」
「にひひっ素直じゃないねえー、まあ良いよ、後から素直になってくれれば…」
言葉を濁したCHU-RINを眉を寄せて見ながらも二口目を飲むべくグラスを傾けたその時。
「…実はそれ媚薬入りだったりするん、だ・よ・ねぇ」
「…!?」
一瞬吹き掛けたのを何とか耐え抜いたがそのせいで口内の液体はゴクリと喉を通った。口を押さえ目を見開いたままCHU-RINを見る。
「にひゃははは…!!ウソウソ、ジョーダン!!そんなことしないって大丈夫!!」
お前の冗談は冗談に聞こえないんだよ変態。安堵の息を吐きながら三水の方を見ると彼はカウンターに突っ伏していた。よく見たら頭からは湯気が上がっている。きっと媚薬という言葉に反応したんだろう、哀れんだ目で見ている自分はもうこの光景に慣れてしまったらしい。
まだ慣れていないのは何故か此方を愉しそうに見詰めてくる変態。
三水があんなになるまでコイツに惚れてると言うことはそれなりに惹かれる部分があるからだとは思う。
それは何なのかを知りたいがあれだけ嫉妬心が剥き出しであれば教えてはくれないだろう。
「…郷に入ってはなんとやら」
「ん?」
「…、なんでもない」
グラスの残りを飲み干そうとして、ふと考える。
「あんたは飲まないのか?」
カクテルは二人分しかない事に気付き、今更だと思いながらもCHU-RINに問うた。
するとCHU-RINは席を立ち、三水にと出したカクテルを持ってまた席に着いた。
「酉ちゃんのがあるから良いよ、まだ半分残ってるし」
グラスを揺らして、ね、と首を傾げるCHU-RIN。その答えに軽く返事をし、また視線をブルー・ムーンに向けた。
そのまま沈黙に甘えていると視界の隅にCHU-RINがグラスを傾ける動作が入る。グラスにCHU-RINの口が触れるか触れないかのところで不意に俺はその手を掴み、阻止してしまった。
「クロチャン?」
CHU-RINが俺の名を呼び掛けるが無視して彼の持っていたグラスと自分のグラスを交換させる。
何だ何だと隣で煩いCHU-RINを黙らせるには、
「…CHU-RIN」
俺のこの言葉で十分だったらしい。
初めて俺が名前を呼んだせいか黙るどころか驚きを隠せないでいる表情が何とも滑稽だと思った。
コイツに会って約二ヶ月まともに呼んだことなんてなかった名前。呼んだとしてもコイツに聞こえたことなんて一度もない名前。
前までは嫌悪感剥き出しだったが少しだけだがそれも解けた気がする。
そして改めて今までのCHU-RINとの出来事を思い返すと微かに頬が緩むのが分かった。なるほど、少しばかり納得しがたい部分はあるけど三水が惚れてる理由が分かった。
「アンタには、付いていけそうな気がしてきた…気がする」
俺の言葉に驚いた顔を次に少し困った顔に表情を変えたCHU-RIN。
「ふはっ何それクロチャン」
「さぁ…?よろしくって意味なんじゃないの?」
その言葉を合図に、グラス同士の甲高い音がバーに小さく響いた。
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