「久しぶりだね」 しばらく夜景を眺め、振り返ると温度のない声でそう言った。 街の仄かな灯りが逆光になって、彼がどんな顔をしているのかはわからない。 静寂のなかに、遠くで銃声が鳴り響いて、サイレンの音が児玉した。 「ラスタファリアンって、本当に菜食主義なのかい?」 なにかがつかえてしまったような私の喉が、震えることはない。 脚は重石を乗せたようにびくともしない。 「よっぽどヘルシーなパンを作るんだろうね。それとも、ガンジャ入りかな」 やけに、彼は饒舌だった。 たまにしか会わないけれど、そんな気がする。 すらすらと話しながら、ひた、とこちらに一歩踏み出してきた。 ヒソカさんはこの家に来ると裸足になるのが常だ。 「……彼とは、どこまでいったんだい?」 足の裏が、床のタイルにくっついては離れる音がする。 「彼とのセックスは、」 急に体が後ろに傾いて驚き、私はぎゅっと目を閉じた。 私の背中は、激しくタイルとぶつかりあったようだ。 じんわりと、熱を持った痛みが後からやってくる。 「どんなかんじだった?」 そっと瞼を上げると、すぐ目の前に、ヒソカさんの顔があった。 鼻と鼻が触れてしまいそうだ。 でも、近すぎて、暗くてどんな顔をしているのかわからない。 「僕に教えて」 薄いタンクトップの裾から、するりと手が入ってきた。 鳥肌がたつ。 何かを探るように、その手は這いまわる。 私は、つかえた喉にむりやり空気を吸い込んだ。 「な、にも、ないです…」 振り絞って出した声は、掠れていた。 「……ヒソカさん」 反応はない。 手は、動き続けている。 何を探しているのたろうか。 わからない。 何を考えているんだろう。 「ヒソカさん」 表情は、暗くて見えない。 だから、手を伸ばして、触れて、確かめた。 きめ細やかな肌の彼の頬は、夜風のせいか少し冷たい。 なんで、こんなことをするんですか どうして、たまにしか帰ってこないんですか ヒソカさんはそうでなくとも、私はもっとお会いしたいです 貴方が何を考えているのか、知りたいです 「name」 ヒソカさんは、手をピタリと止めて囁くように私を呼んだ。 それはそれは、小さな声で。 「name……ただいま」 肌を触っていた手は、するりと抜けていた。 「おかえりなさい、ヒソカさん」 抱き寄せられた胸の心臓の音が、静かに響いた。 「会いたかった、name」 私は、涙が止まらなかった。 ← | → main |