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傾いた陽が、カラフルな家々を照らしている。
日中より涼しくなってきたせいか、レストランや楽器屋の店先では思い思いの楽器を持ったひとが演奏を始めていた。

カポエィラの帰り道、そんな光景を横目に私は登り坂を歩いていた。

ここはバイーア。
サントス湾を望む半島の先。

あの屋敷が燃えた夜、ヒソカさんに連れられて飛行船に乗った。
長い空の旅の末、着いた先がこの場所だったのだ。

観光客で賑わう広場を抜け、更に坂を登った場所のアパートメントをヒソカさんは買った。


「ここは君のものだよ」


そう言って私の背をそっと押して、新しい家に招き入れてくれたときのことは、まだ記憶に新しい。

頭の片隅であのときの光景がチカチカとよみがえった。
歩くことに集中してかき消すように、サンダルを鳴らしながらずんずん歩いていく。
しばらくすると、パステルブルーの壁が見えてきた。
あの三階建てのアパートメントの二階が家だ。

ふと、運動をして小腹が空いていることに気がついた。
家の斜め向かいにあるパン屋で、お気に入りのシナモンシュガーがたっぷりかかったパンを買って帰ろう。


「こんにちは」

「やあ、name!おやつでも買いに来たのかい?君の好きなやつ、ちょうど最後のひとつなんだ」

「ふふ、じゃあそれください」


顔馴染みの店員は、このパン屋の主人の息子だ。
彫りの深い顔立ちに、長いドレッドヘアということもあり、最初はかなり怖い印象を持っていた彼だが、暖かい気候の似合う陽気な調子で、いつも気さくに話しかけてくれる。
今ではパンの作り方まで教わっているくらいだ。


「そうだname、今夜空いてないかい?」


パンの入った紙袋をこちらに差し出しながら、彼は言った。


「とくに用はないけど。どうしたの?」

「ペロウリーニョのステージでライヴするんだ。君に来て欲しい」


彼はパンを受け取るために差し出した私の手を、ゴツゴツとした手で包んだ。
急いで手を引こうとしたが、ぎゅっと力を入れられてそれもかなわない。
私の目を見る彼のそれは、いつもの優しさの奥になにかギラギラとしたものが見え隠れしているような気がした。


「name」


答えあぐねていると、久しく聞いてない声が私を呼んだ。


「name、帰ろう」


私の腕を掴んでいた手は、さっと引いていく。
ヒソカさんは笑っているようで笑っていない。
パン屋の息子は生唾を飲んで立ち尽くしている。


「はい」


カサリ、と音のする紙袋を掴んで、私は店を出た。
ヒソカさんは私の横にピッタリとついて来る。
そちら側だけ冷たくなったような気がして、私は少し身震いした。

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