「ちゃっかり余計なものまで拾ってきて、なに言ってるの」 私は、ヒソカさんに連れられて、屋敷からそこまで離れていない宿屋に来た。 最上階の角の部屋へ入ると、あの時の長髪のひとがいて、なにやらヒソカさんと話し込んでいる。 私はそれを聞き流しながら、窓の外を見た。 ある方向の、家々の屋根の先がぼうっと明るく照らされている。 きっとお屋敷のほうだ。 屋敷には、去り際にヒソカさんが火を放っていた。 証拠隠滅のためだろう。 あまりいい思い出のない場所だったので、悲しくはなかった。 でも、この世界に来て今まで私が存在した唯一の場所である屋敷がなくなるというのは、妙な空虚感に襲われる。 「それにしても、面倒な念もあるもんだね。"愛する者にしか打ち明けない"だなんて」 「ほんと、俺は忙しくてそんな手間かけられないから、ヒソカが受けてくれて助かったよ」 「おや、それは僕が暇ってことかい?」 「それに、夫人が阿婆擦れだったっていうのも、幸運だった」 「ねえ、聞いてる?まあいいけど」 「あ、金は振り込んでおいたよ。口座名まであの偽名にしたの?ダサいからやめなよ」 「ホセ・キャリオカって名前、僕は気に入ってるんだけど」 「……あ、そう。じゃあまた何かあれば連絡する」 「つれないな」 小さく、扉の閉まる音がした。 どうやらあの黒髪のひとは出て行ったようだ。 遠くに、サイレンの音が響いている。 おそらく、屋敷が燃えていることが知れたのだろう。 振り向くと、ベッドに腰掛けたヒソカさんがひらひらと手招いていた。 私が近づいていくと、腰を引き寄せられ、ヒソカさんの膝に座るような体制にさせられる。 「name、これからどこへ行こうか」 「さあ、どこなんでしょうか」 「どこでもいいと思ってるんだろう?」 小さく笑いを零しながら、ヒソカさんは私を一層引き寄せてくる。 以前似たようなことを他の男性にされ拒絶したが、今は全く嫌じゃなかった。 むしろ、心地よくて安心する。 ヒソカさんの、そうだな、どうしようか、と言いながらも楽しそうな声色に、私も自然と頬が緩んでいく。 「そうだ、バイーアあたりがいいんじゃないかな」 「バイーア?」 「そう、特に諸聖人の湾を囲む半島は、すごく良い」 それからヒソカさんは、これから私たちの行く場所について教えてくれた。 暖かくて、住みやすい、海の綺麗なところだそうだ。 昼間は、色とりどりの街並みに、昔からある衣装を纏った売り子たちが土産物屋の前で客を誘う。 夜は、広場で格闘技のようなダンスのようなものが披露されたり、バーで多くの人が酔いつぶれたり。 私はヒソカさんの胸に頭を預け、目を閉じてその光景を想像した。 「私、そこへ行きたいです」 私はどこへでも行きたいと思った。 きっと、ヒソカさんの言うところなら、彼の居るところなら、私には勿体ないくらい素晴らしい場所だ。 そんな場所に行けるのなら、とても嬉しい。 end. ← | → main |