今日は何事もなく穏やかに終わると思ったのに。 部屋へ行くと、奥様ともうひとり、確かハルと呼ばれている子がいた。 あの子とは、ほとんど話したことがないのに、なぜここにいるのだろう。 「貴女、ここへ呼ばれた理由はおわかりかしら」 奥様が、怒りを無理矢理抑えたような、そんな声で静かに言った。 チラチラと燃えるランプの火が、奥様の激情を含んだ顔を照らしている。 正直理由などわからなかった。 「……いいえ」 「二度もホセさんと逢い引きして、よくしらばっくれていられるわね」 「あ、逢い引き?」 「ハルから話は聞いているわ。ホセをたぶらかしているそうね」 「いえ、そんなことは決して!」 「誤魔化さないで!この間、夜にホセさんが眠る貴女を寝室に運んできたのを見たし、今日だって人気のないところで二人きりでいたじゃない!」 まくし立てるように言う彼女は、まるで別人のような恐ろしい顔をしていた。 そうだ、彼女は確か、ホセさんに気があったのだ。 嫉妬とは、ここまで人を変えてしまうのか。 おそらく、嫉妬に狂ったこの二人には、なにを言っても逆撫でするばかりでどうしようもないだろう。 そう思って、口をきつく結んだ。 「明日、朝一番にここを出ていきなさい」 「貴女、運がよかったわね、この程度のお咎めで済んで」 私はひとつ返事をして、静かに部屋を出た。 悔しい、悔しいが、どうすることもできない。 ここへ来て、つくづく自分が無力であることを思い知った私は、このまま黙って出ていくしかないとわかっていた。 私は、弱者なのだ。 今まで使っていた大部屋に戻ると、誰もいなかった。 夕食後しばらくたっているのに、珍しいことだ。 まあ、荷物をまとめるのには好都合だ。 あまり気にせずに私物を片付けた。 私物と言っても、このよくわからない世界へ来たときの服くらいしかない。 汚れてしまっていたのを、丁寧に洗ったのでまだなんとか着れるだろう。 制服は、適当に置いておけばいいや。 半分自棄になって、ベッドに寝転がった。 ああ、明日からどうしよう。 また路頭に迷うんだ。 私は、先の見えない不安に押し潰されそうになって目を閉じた。 なんだか遠くのほうが騒がしいような気がするが、もう出ていく私には関係ないと思い、意識を手放した。 突如、耳をつんざくような叫び声がして飛び起きた。 大きく開かれた扉の辺りで、使用人の一人が尻餅をついている。 何かに脅えているようで、ガタガタと震えながら部屋の外を見ている。 「ひっ、や、やめて、わたしなにもっ!!!」 「もう逃げないのかい?それじゃあ、ゲームオーバーだね」 「あがっ、ア!」 命乞いをしていた彼女の額の中心には、トランプが突き刺さっていた。 彼女の見ていた方向へ視線を向けると、そこにはヒソカさんが立っている。 いつ此処へ来たのだろうか。 私のことも、殺しにきたのだろうか。 ぼんやりとそんなことを思ったが、やはり何故だか怖くなかった。 ヒソカさんは、終始楽しそうに笑顔をはりつけている。 とても、狂気に充ちた表情だ。 それなのに、私ときたらどうしてしまったんだろう。 「おや、こんなところに居たのかい?探したよ」 「……こんばんわ、ヒソカさん」 「名前、覚えてたんだね、えらいえらい」 まるで子供にするように、私の頭を撫でるヒソカさんは、あの夜と変わりなかった。 「なにをしているんですか?」 「屋敷のひとと、ちょっとしたゲームをしていたんだ」 「そうですか」 「そうだ、君には特別に選ばせてあげるよ」 僕についてくるか、殺されるか どっちがいい? もちろん、私の答えはひとつだった。 ← | → main |