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翌日の夕方、私はカーテンの洗濯を終わらせ、取り付けにかかっていた。
昨夜はあれからぐっすり眠れたので、思いのほか疲れもなく、テキパキと仕事を進めることができたのだ。
これも、ホセさんが昨夜親切にしてくれたおかげだ。

脚立に上って、カーテンのフックを通していると、下から声をかけられた。


「nameちゃん、お疲れ様です」

「こんにちわ、アレックスさん」


私は、ちょうどあと一つだったフックをかけた。
アレックスさんは、どうやら私に用があるらしく、すぐ下で待っている。
とりあえず、ここから降りなければならないと思い、一段ずつ脚立を降りていった。


「ほら、危ないよ、気をつけて」


そう言って、アレックスさんは私の腰を支えた。
いや、支えるというより、掴んでいると言ったほうがいいだろうか。
服の上からだが、触れられたところからザワザワと、悪寒が走る。


「あ、はい、すみません…」


そう答えるのが精一杯だった。
脚立から降りた後も密着してくるアレックスさんに、どう言葉をかけたらいいのかわからない。
一刻も早く離れたくて、どうしたらこの場から逃げられるのかということばかり考えていた。


「nameちゃん、昨日はごめん。俺のせいで奥様にひどいことされたんだろ?」

「いえ、別に…」

「なにか、お詫びがしたいな」


そう言って、さらに私の腰を引き、抱き寄せるようにしてくる。
なんとか腕で突っぱねてはいるが、力の差は歴然だった。
アレックスさんを見上げると、そこにいつものあの爽やかな笑みはなかった。
別人のように、ギラギラと目を光らせている。

これは、まずい。
そう思ったが、体は思うように動いてくれない。
私が動けないのをいいことに、アレックスさんは近くにあったカーテンを引寄せて、自分と私を覆い隠した。
天井から床近くまであるカーテンで覆われれば、ここにいることはわからないだろう。
後ろは分厚い窓ガラスで、そこに押し付けられる。
日がほとんど沈んでいる庭には、誰も居ない。


「nameが洗ったカーテンは、良い匂いがするね」

「放して、ください!」

「大丈夫、奥様はもうパーティに行ってしまったから。なにも心配することはないよ」


そう言いながら、頭にキスを落としてきた。
全く言葉が通じない。
嫌だと言う言葉が伝わらない。
どんなにもがいても、相手の良いように捕らえられてしまう。

いつの間にかスカートの中に入ってきた相手の右手が、私の大腿を擦った。


「ひっ……いやっ!いや!」

「nameは誘い上手だ」


脚と脚の間に膝を入れられ、片手で抱き寄せられたまま、もう片方の手は自由に私の下半身をまさぐっている。
スカートが捲れ上がってしまって、外気にさらされていた。

骨ばった手が、下着のなかに入り込んできて、自然と涙が溢れた。

ああ、もうだめだ。


「楽しそうだね、僕も混ぜてよ」


諦めて体から力を抜いたとき、カーテンが音をたてて床に落ちた。
ちょうどアレックスさんの頭の上辺りで、綺麗に切断されている。
アレックスさんは私から手を放して、後ろを振り向いた。
振り向いた先には、品の良い笑みを浮かべたホセさんがいる。
支えのなくなった私の体は、重力に従って床に落ちた。


「……なにしやがる、ホセ」

「君こそ、何してるんだい?」

「お前には関係ないだろう」

「洗い立てのカーテンを汚されては堪らないからね」

「そんなことか」

「それに、こんなことを奥様が知れば、悲しむだろう?」


この一言が決め手だったようだ。
アレックスさんは乱れた衣服を整え、さっさと部屋を出ていった。
ホセさんとすれ違いざま、後悔させてやる、と吐き捨てて。


「大丈夫かい?」

「、い……あ………」


声が全く出なかった。
お礼を言いたかったのに、喉は空気を出すばかりで音にならない。


「これくらい、大したことじゃないよ」


何を言いたいのか察してくれたホセさんは、私の前に屈んで視線をあわせた。
相変わらず品の良い笑みは浮かべているが、何かを孕んでいるような気がする。
それが何かはわからなかった。


「君は本当に、」


いや、なんでもないと、言いかけた言葉を濁して、手をこちらへ差し出した。


「立てるかい?」


私はその手をとった。

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