俺はその日、早めに終わった任務の帰りに通りがかった商店街で姉貴を見かけた。 今晩は姉貴が食事の当番で、その買い出しに来たんだろう。 すでに姉貴の手には野菜の入った袋があり、重そうだから声をかけようかとぼんやり考え、 足を踏み出そうとしたが、やめた。 「name、なーにしてんの?」 そう、あいつが来たからだ。 はたけカカシ先生。 名前を考えるのもめんどくせぇから、あいつ、と俺は内心呼んでる。 気づくと、しょっちゅう姉貴のそばにあいつは居る。 片方の目しか見えていない顔を緩めて、秋刀魚を買おうなどと言っている。 俺は、その光景を背にして歩きだした。 「……チッ」 今日は自主練でもしてから帰るか、めんどくせぇ。 ---------------------------------------------- そこそこに体を動かして、俺は岐路についた。 歩く道には、自分の影が夕日で伸びている。 俺の姉貴は、里の中でも優秀なくの一だ。 物心ついて間もないころには、自分の影を操って遊んでいたらしい。 それこそ姉貴にとっては、呼吸をするようなものなのだ。 奈良家の歴史の中でも稀に見る逸材だと言われ、当主になるには申し分のない力量を持っている。 しかし奈良家は長男である俺が継ぐんだと言う姉貴は、最近花嫁修行だと言って晩飯をつくるようになった。 気まぐれでたまにしか作らないが、俺はそれが少し楽しみだった。 俺が美味い、と言うだけで姉貴はバカみたいに喜ぶのだ。 普段からめんどくさいが口癖の姉貴が、そうやって俺の為には惜しみなく何かをしてくれるところが、俺のシスコンだと言われる所以なのだろう。 自然と自嘲気味な笑みがこぼれたが、あたたかいようなくすぐったいような、不思議な気分だった。 そんなことを考えながら歩いていたら、もうすぐ目の前に家の玄関があった。 「ただいま」 引き戸を開けて中に入ると、急激に気分が下降した。 見慣れない靴があるのだ。 それに加え、台所から秋刀魚の焼ける独特のニオイがしている。 ……あいつが来てんのか。 まさか家にまで来るとは思わなかった。 正直顔をあわせたくない。 幸いにも食卓を通ることなく自分の部屋へ行ける。 姉貴には悪いが今日だけは、晩飯はパスだ。 「シカマル、どこ行くの」 体が急に言うことを聞かなくなった。 影真似だ。 うっすらと開いた台所の戸の隙間から影は伸びてきている。 「姉ちゃんのご飯、食べたくないの?」 「そういうんじゃ、ねえけどよ…」 「じゃあこっちおいで」 体の自由は戻ったが、さっきよりも脚が重くなったように感じる。 おそらく、いや、確実にあいつと飯を食わなければならないからだ。 「や、シカマル、お邪魔してます」 「……っす」 そこにはちゃっかり茶碗と箸をもったあいつが居て、ニッコリと笑っていた。 口布は、外していない。(どうやって食うんだよ) 「さ、食べて、せっかくシカマルのために作ったんだから」 「母ちゃん達はどうしたんだよ」 「今日は二人とも遅くなるって」 それで来やがったのか、こいつ… 「今度は俺のためにもつくってほしーな」 「いや、めんどくさい」 「えー、でもなんだかんだ、今日だって秋刀魚焼いてくれたじゃない」 「安かったから買っただけ」 姉貴になにを言われても嬉しそうなこいつは、どうかしているんじゃないか。 相変わらず気だるげな姉貴は、俺の前に料理を並べていく。 今日は、小芋の煮付け、小松菜と油揚げの煮びたしに豚汁だった。 随分気合入れてつくったな。 ああ、あと秋刀魚もある。 「ごちそうさま」 俺が箸をつけようかという時に、あいつは食べ終わった。 いつ食べたのかわからないが、綺麗にたいらげている。 「おいしかったよ、name」 「……ありがと」 姉貴が、笑った。 嬉しそうに笑っていた。 それを見て俺は箸を持ったまま固まってしまう。 あいつがこちらを横目に見て、少し笑った気がして頭に血が上りそうだ。 「じゃあ、俺は帰るよ。また来るね」 「来なくていいっすよ」 俺が即座にそう言うと、そいつは声を出して笑い、こちらに耳打ちしてきた。 「 」 ぶちっと何かが切れる音がして、箸をそのままそいつに突き刺したい衝動に駆られた。 しかし行動に移る前に、そいつの姿は消え、食卓には姉貴と俺だけになっていた。 「どうかしたの、シカマル」 「なんでもねぇ」 その後も、あいつに言われた言葉が魚の小骨のように突っかかって取れなかった。 姉貴は相変わらず、めんどくさい人だね、で済ませてしまう。 しっかりしているようで、結構抜けているのだ。 先行きが不安で仕方ない。 「未来のお兄さんになんてことゆーのよ君は」 俺は、この日を境に秋刀魚が嫌いになった。 ← | → main |