(…ついてねえな) 何故なら、後ろ姿でも見分けのつく特徴的な髪型を見てしまったからだ。 ただでさえ寝不足で虫の居所が悪いというのに、追い討ちをかけるかのように、いけ好かないヤツが目的地にいるなんて。 (仕方ねえ、戻るか) 「待てよい」 ドアを閉めようとした直前に声をかけられ、リックは思わず止まってしまった。 心の中で舌打ちをするが、もう失ったタイミングは戻ってこない。 「一服、しに来たんだろい?」 「……。」 「たまには話さねえかい」 「…ああ」 リックは内心、今すぐにでも部屋へ戻りたいと思っていた。 しかしこんな些細なところで反発して、波風立つのはごめんだと思い、素直に甲板に上がった。 「……妙に、気分が良さそうじゃねえか」 ふう、と紫煙を吐き出し、灰を落としながらリックは尋ねた。 今日は妙に顔色がよく、いつもの気怠げな雰囲気がないマルコを疑問に思ったからだ。 「そうかねい」 そう言いつつも、やはりどこか柔らかい空気を纏っている。 そんな様子に、若干の苛立ちを覚え、横目にやっていた視線を手元に移した。 「だとしたら、夕べは抱き枕があったから、かもな」 「……へえ」 リックは興味など感じられない返事をして、だいぶ短くなった煙草を海へ投げた。 そういうお前は、相変わらずの仏頂面だねい、などという皮肉は聞かなかったことにする。 火の消える音は、波の音にかき消されていった。 「じゃあ、俺行くわ」 「ああ、それと、あんな部屋そろそろ出ろよい。下っ端の場所だぞ」 「俺の勝手だろ」 バタン、と扉を閉めてマルコの言葉を遮り船内へと入った。 もともと相性の悪い相手だが、今日はいつにも増して癪にさわる。 「こっちは寝不足だってのになんだあのスッキリした顔は…」 早朝の静かな船内を、ぶつぶつと文句をたらしながら闊歩していく。 マルコと接触すると、どうにも苛々させられて我慢ならないのだ。 「しかもなんだ抱き枕ってそんなガキみてえな…」 ピタリ、とリックは足を止める。 まさかな、そんな、馬鹿らしい、いやしかし、俺が…… そんな言葉が脳内を支配した。 そしてぼんやりとした答えが浮かび上がってくる。 「やっぱりあいつ、マルコと寝たのか…」 口に出してみると、ゾッとするような響きを持つ言葉だ、と感じた。 それはつまり、無関心を決め込んでいたが内心そうではなかった、ということの裏付けでもある。 リックはそんな自分に呆れ、この謎の寝不足の原因をなんとなく理解した。 「name、か…」 「門限でもつけるかな」 力なく呟く男の声は、朝の静けさに飲まれていった。 ← | → main |