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ある日朝食を終えたマルコはデスクワークに勤しんでいた。
デスクワークと言っても、ペンが一向に動いていないのでただ机に向かっているだけだとも言えるが。
彼は考え事を始めると、他のことが全く手につかなくなってしまうのが癖だった。

「マルコ」

不意に背後から名を呼ばれ、ピクリと小さく反応した。

「イゾウか…ノックくらいしろよい」

「したさ…だが返事がないんでね、勝手に入らせてもらった」

「そりゃ悪かったねい」

マルコは不機嫌そうに言った。
不意をつかれたこともそうだが、よりによってそれがイゾウだということが彼を一層不機嫌にさせていた。

「考え事か?」

「まあそんなとこだ」

「さしずめ、女絡みだろ」

「……ちげえよい」

「嘘が下手になったな」

クツクツと笑うイゾウに、寄せた眉間のシワを更に深くさせたマルコ。
イゾウは変なところで感が良いから厄介だ。

今だって名前の自分に対する態度が相変わらずだということに考えを巡らしていた。
現況だと思われたサッチに灸を据えてもなお、怯えられる一方だ。
自分が原因であるということはわかったが、その理由は皆目見当がつかない。

そんなことを考えていたときにイゾウが入ってきたのだ。
なんともタイミングが悪いことこの上ない。

「そう角立つな。俺はこれを置きに来ただけだ」

マルコはだったらさっさと置いて出て行け、という言葉をグッと飲み込んだ。
これ以上話を長引かせるであろうからだ。
イゾウが持っていた書類を受け取り、一通り目を通していく。

「確かに、受け取ったよい」

「ああ、邪魔したな」

(ほんと邪魔だよい)

心の中で悪態をつき、さっさと出ていけと視線で言った。
イゾウは意味深に口角を上げてクルリと背を向ける。
そんな動作が無駄に優雅で、今のマルコには腹立たしかった。

「そういえば、そろそろ雨が降ると航海士が言っていたな」

イゾウはそんなに広くない部屋を出るのに随分時間をかけていた。
今度は何をするのかと思えば、去り際にわざとらしく呟いたのだ。
マルコは面倒だったので聞こえないふりをして無言のままだが、しっかりその声は聞いていた。

「それだというのに、誰が洗濯物を干しているのかねえ」

そしてそのイゾウの声を飲み込むようにドアが音を立てずに閉まったのだった。

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