確か、今畑には大根が全盛期を迎えているはずだ、本丸内にいる刀剣達が一人一本食べても終わらない量が成長している。



ただ、畑に近づくにつれて聞こえてきた騒ぎ声が私を不安に駆り立てる。

あの声は、あの声達は粟田口の短刀達の声じゃないだろうか!

不安だ!思わず足は駆け出していた、大根の他にも白菜やタマネギも植わっているはずだ、じゃがいもはまだまだ収穫時期じゃない!


もしかしなくても今日明日に使い切れない量を引っこ抜いてしまうんじゃないかと、畑にたどり着く頃には私の動悸はあがって、息は切れていた。





「おお大将、急ぎか?大根が大収穫だぞ。」

「薬研ちゃん!」

「おいおいおい、ずっとそう言い続ける限り俺も言うが、”ちゃん”はよしてくれ。」




薬研藤四郎は普段畑では見当たらない椅子に腰をかけて丈の長い白い羽織をまとい、手には分厚い書物がある。

審神者の心は更に慌てた。


薬研の奥には泥だらけになっている秋田藤四郎や前田藤四郎、平野藤四郎に厚藤四郎が見えた。さらに畑を超えた草原に何故だか頭の上に虎を乗せた骨喰藤四郎と五虎退が座っている。




「あ、主さま!見て下さい!大収穫ですよ!」




こちらに気付いた平野藤四郎はゴロゴロと転がった泥だらけの大根を指差した。

彼の指の先には確かに大収穫の名に相応しい大根が目で捉えただけでも三十ほど転がっていた。

畑に残っている大根はもう無いように見える。

無惨にも収穫前のじゃがいもやタマネギ達も小さい実のままゴロゴロと転がっていた。





「や、薬研ちゃんが居るのにどうしてこんな有様に!」

「兄弟達があまりにも楽しそうに引っこ抜いて行くもんでな、止め損ねたんだ。」




薬研は眩しい笑顔で眼鏡をくいと持ち上げた、彼に悪気はないようで明日からの野菜をどうしようか焦る気持ちは更に膨れ上がった。

食べれるだけ食べて、後はタクアンにすれば良いのだろうか。

いや、大根はまだしも、ちいさな芋達はどうしようか。

いやいやいや、それよりもこの先の収穫は、一体どうすれば。





「と、とりあえず、収穫できたものはカゴにいれて本丸に運んで。」

『はい主さま!』





短刀達はきびきびと動き、薬研が座る椅子の横に置いてあったカゴを持ち出して中に収穫物を詰め込んでいくが明らかにカゴが足りない。

コレは何度か往復するしかなさそうだ。

それを見た薬研も本を置いて立ち上がり伸びをしてから収穫物を運びはじめた。コチラの様子に気付いていない二人にも大きな声で呼びつける。




「五虎退ちゃん!骨喰くん!こっちにきて手伝って!」




すると本人達よりも早く、五虎退の虎達が反応してこちらへ走って来る、可愛い、全部ぎゅってしてモフモフと顔を埋めたい。

二人も気付いたようで立ち上がりこちらへと歩いて来る。先に畑までたどり着いた虎達の頭を撫でる。

虎達は猫のようにゴロリと土の上に転がると、もっと撫でてとせがむように見つめられる。

せがまれたまま喉や腹を撫でていると白い虎達はあっという間に土だらけになってしまった。

なんとなく自分が虎達を汚してしまって申し訳ない気持ちになる。

それに気付いたのか、五虎退がしゃがみこんで虎を一匹抱え上げた。





「皆、さっきから泥だらけだったので、大丈夫です、主さま。」

「そう、良く覚えては無いけど、泥だらけだったよ。」




そう言って、骨喰も一匹虎を抱え上げる。

比較的に他の刀剣達よりは泥にまみれてない二人も最初は収穫に参加したみたいだった。





「ありがとう。…みんな終わったら泥をちゃんと落とさないとね…五虎退ちゃんと骨喰くんで皆がちゃんと本丸まで収穫物を運ぶのを手伝ってあげてね、あと泥を落とすのも。」

「…わかった。」「うん。」





二人が返事をしたのを確認すると、一通り撫で終わった虎達に別れを告げた。食事当番にこの大収穫を伝えなければ。

今日の昼には間に合わなくても、夕餉から是非とも大根祭りにしてもらわなければならない。

元来た道を帰ろう思ったが…そういえば縁側には魔の手が待ち受けているのも思い出した。

きっと先ほどのようにさり気なくお茶に参加せざるを得なくなるだろう。



そう考えると昼前には馬当番の様子も確認しておきたい、食事当番の元に向かう前に馬小屋へ寄ろう。

私は足や手についた泥を軽く払って、馬小屋の方へと向かった。

自分の影が歩く先へと伸び、はっきりと輪郭をかたどる影は草や土を黒く染める。





そういえば今日は抜ける様な青空だ、気温は低く吐く息は白い。

ただ陽を浴びているせいか寒さはあまり感じない、絶好の行楽日和だなと感じさえする。どうりで縁側の魔の手もいつもより魅力的に感じる訳だ。



馬小屋を視界の中に捉えられる場所まで来ると蛍丸が馬の世話をする姿が見えた。

蛍丸はこの本丸では古株で蜂須賀虎徹とほぼ同時期から、この本丸を支えてくれている。

「蛍」と、声をかければ彼はコチラに気付き軽く手をあげた。

傍まで寄ると黒毛を艶めかせる馬は嬉しそうに鼻を鳴らした。

この馬も今日は蛍丸に世話をされているせいか機嫌がとても良いようだ。





「あるじ、おはよう。」

「おはよう、蛍。」




蛍丸だけしか居ない訳じゃないとは思うが、他の馬当番の姿はここからだと目視できない。

小屋の中で他の作業でもしているのだろうかと、宿舎の入り口を覗き込む。

奥からは「だあああぁあああ!国俊クンやめて!」やら「国行どうにかしろよぉぉ!」と更には馬の悲痛な声やらが聞こえてきた。

声で大体を察した審神者は何となく、これ以上踏み込むのは止めようと宿舎の入り口から顔を引っ込めた。



蛍丸が止めに入っていない訳だし、何とかはなっているのだろう。

それでも多少は気になるので、直接ではなく、彼に聞いて確かめる事にした。




「蛍、中は大丈夫そうなの?国俊と明石くんが居るみたいだけど。」

「大丈夫、うるさいだけでやる事はちゃーんとしてたよ。声は聞こえないけど山姥切も中に居るし、僕は馬と静かに過ごしたかったから外で世話してる。」




そう言って蛍丸は馬の腹を撫でた。彼の話だと宿舎の中には山姥切国広も居るみたいだ。なら大丈夫かな。

私は「じゃあ、後は頼んだね」と言って、今度こそ食事当番に大根祭りを知らせに行こう。







「あ、待って、そういえば狐が主を探してて。会えた?」

「狐…あ、うん。さっき会って頭撫でたけど?」




蛍丸の言葉で頭の中に狐がポンとあらわれる、そういえば鳴狐とお供の狐の頭を撫でた事を思い出し蛍丸に返事をした。

なら良かった」と蛍丸は溜息をもらしたが、それ以上彼が何かを喋る訳でも無さそうなので審神者は蛍丸に一言いれ、馬小屋を後にした。






「あんなに必死そうだったのになー、あれじゃあ狐も報われたんだか。」





審神者の後ろ姿を見送りつつ小狐丸と彼女の仲が少しばかり気になった。

あの後、ここにも居ないのかと更に耳を深く落とした小狐丸は、頭を撫でられただけで満足できたのだろうか。



…が、馬小屋の中で大きな物音がした後に国俊と、何故か山姥切の絶叫が聞こえたので,蛍丸は肩を落として馬小屋の中へと戻った。



馬も大根を食べるのだろうか
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