ろく

訳が分からないまま家についた

そんなことない


訳なんか分かってる、私はやっぱり遅かったんだと思う

蓮二は絶対に私のことが好きだと思ってた


でもタイミングを間違えたのか、それとも私がずっと勘違いしてたのか


「なまえ、なんか喋れよ・・・」

「え?なに?聞いてなかった」

「・・・俺さ、ちゃんと言うから聞いて」

「・・・うん」


ブン太の手に力がこもる

図書室で手を引っ張られ、昇降口で靴を履いて、そしたらまたブン太の手は当たり前のように私の手を掴んだ

さりげなく手を離そうとしても、ちっとも離してくれないので私は諦めて手を繋がれている

私の手汗なのか、彼の手汗なのか分からないけど、手がビショビショになってるし

寒空の下で手の感覚だけが麻痺しているせいであまり気にはならない

その手をグイッと彼に引っ張られて私はブン太と向き合う形になる


普段から笑ってるか食べてるか怒ってるか、分かりやすい顔してるのに

初めて彼の真剣な顔を見てしまった

今までもしてたかもしれないけど、ここまで面と向かって見てしまうだなんて

真剣な表情をしているブン太の顔はあまり好きじゃないなぁと思う

食べてるときのブン太が一番幸せそう



「俺はなまえが好きだ、柳と付き合うって聞いてマジやばかった、だから手も離したくないし、柳じゃなくて俺と付き合ってほしい」

「・・・」


そういえばさっきも告白のようなものはされた気がするけど、聞き流していた事を思い出す

なんて応えて良いのか上手く思いつかないし、彼の真剣な目線から逃げる勇気もない


答えを求められている


だから応えなければならない、自分の本当の気持ちと向き合うのはとても面倒で、とても気まずい

そもそも私が蓮二に素直に好きだと伝えれば良かったのかもしれない

そしたらこんな事にならなかったのに

違う、もっと前だ、ブン太に蓮二の事を聞かれた時に「幼なじみ」なんて言わなきゃ良かったんだ


なんて言えば良いんだろう、思ったまま言う?

食べてるときの顔の方が良いよって?

何か言わなきゃと思えば思う程、口は何も動かない


「・・・」

「・・・」


お互いに何も言わないまま時間がすぎる



繋がれた手はもはや手錠感覚である

どうにか、だれか、助けて

私が悪いのは分かってても求めずにはいられない

蓮二の顔がよぎるけど、彼がこの状況を見ていた所で助けてくれる気がしない




私が答えられないんだから、お互い無言っていうのは変だと思いながら

とうとう痺れを切らしたのはやっぱり彼だった


「あーあ」

「ごめん」



コレだけ考えて結局私が言ったのは謝罪一言



「もう良いよ、分かったよお前の気持ち、柳が好きなんだろ?試供品とか訳わかんなかったけど、柳以外の試供品はダメって事なんだろ」

「ブン太、ごめん」

「あーあ、なんだよ、お前がまどろっこしい言い方すっからさー、俺でも良いのかと思ったじゃん、俺だってお前の事好きだし」

「・・・ごめん」

「ばーか」

「うん」


ブン太がようやく真剣な顔をやめてくれた、そのおかげで緊張が驚く程に軽くなる

握られたままの手を上下左右に突然動かされてビックリしてるとブン太はいつも通りに近い笑顔を作ってから言った

追いつめられたのは私じゃなくて、彼なのかもしれない

そんな表情をさせている自分に罪悪感を感じるが、それでも解放されたという気持ちが強い



「あーあ、手ぇ離したくねー、これで離しちゃったらもう手とか繋げないじゃんか」

「うん」

「柳にさ、ちゃんと素直に言えよな好きだって。アイツ珍しく困った顔してたし、なまえの事だから冗談かもしれないからって言ってたし」

「・・・」



一言ずつ返すので精一杯

これ以上ブン太に気を使わせて明るい顔をさせているのが申し訳ない


ブン太の引きつり気味の笑顔を見たら

なんだか鼻先がツンとしてきたけど、空気を沢山吸い込んでごまかす

泣きそうになってる場合じゃないし、私がここで泣いていいはずがない

このセンチメンタルな気分は一時的なもので、持続するものなんかじゃない


こんな状況で、蓮二の事にまでアドバイスをくれるだなんて

まともに喋る事すらもできない私は一体、何を出来るんだろう



「手、離すぞ」

「・・・ん」

「じゃ、また明日、普通にしてろよ、頼むから」

「・・・うん」


解放された手に風が流れこみ、やたらと手が冷えた



ブン太は私に向かってニカっと笑ってから走るように去っていった

背中を見て、涙が引っ込む

ほら、やっぱり、さっき出てきそうになった涙は一時的なものだった

申し訳ない気持ちを涙に変換して逃げようとしただけ

本当はブン太からの告白の事なんか、何にも考えてない自分がただ逃げたかっただけの涙だった


私はツンとし続ける鼻をグイグイと擦って家の中に入ろうと玄関のドアに手をかけた

だけどドアノブを回す気にはなれず、ブレザーのポケットから携帯を取り出してドアを背にしてしゃがみこんだ

もしかしなくても蓮二からメールはきていないし、着信もない


その事実が胸を雑巾のように絞り上げていく

どう思って、ブン太に話をしたんだろう

どう思って、私と付き合うって決めたんだろう

蓮二の事なら1番私が分かってるつもりだったのに

こんな気持ちになるなら別に付き合うとか言わなければ良かった

でも私が素直に蓮二が好きだって言って信じてもらえるはずない

冗談だろって言われて、そうだよって返すのが関の山

それぐらい彼との距離は空いてしまった


冬が始まる前のこの季節はどうにも寒い、だけど家の中に入りたくない

聞きに行けば良いのに

会いに行けば良いのに


ちゃんと聞かなきゃダメだって分かってるのに


今更、どうしたら良いなんて分からない


どこからやり直せば良いんだろう


どうしよう


しゃがみこんでいても、何も始まらないのなんて分かってる

今まで通り、電話でもして蓮二を呼び出せば良いのに

でも呼び出してどうするんだろう、なんて言えば良いのか分かんない



「ばかばかばかばか」



空を見上げた所で星なんか見えないし、夜が滲んでるのなんて私のせいだ

どうしたってこみ上げてくるものを堪えきれない

鼻はいくらすすったって空気が肺まで開通しないし、自分の馬鹿さ加減で涙も止まらない


瞬きすれば、堪えきれなかった涙がボタリと落ちる


ぐずぐずと音をたてる私の前に見慣れた影が見えて、いっその事このまま声を出して泣いてしまいたい



「なまえ?」

「れんじ」

「どうしたんだ?こんな所で、丸井は?」



こんな所で?

丸井は?


違うでしょ、もっと気にする所、あるでしょ

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