「柳」


その声色で俺は用意していた言葉をそのまま口に出した


「なまえとは付き合う事になったが、俺は所謂試供品だそうだ、お前が考えているような幸せな恋愛の関係性ではない」

「・・・まだ何にも言ってねぇだろぃ」

「お前が今日、なまえの事を聞いてくる確率は90パーセントだった、明日は95パーセントになる」

「そうかよ」



不機嫌な丸井を横目に答える

部活中でもないのに、わざわざ丸井が俺に声をかける事といえばなまえの事だけだ


コートを片付けている最中にだって声はかけられただろう

なのにわざわざ、部室へ向かう途中で呼び止められたんだ、テニスの事ではないはずだ

丸井の性格面でのデータは揃っている自信がある




「詳しい事は俺もよく把握できていない、よって詳しく話す事も無い」

「は?」

「分かってるのは、アイツが急に言い始めたんだ、好きじゃないけど付き合うなら俺が良いから付き合ってくれ、と」



あっという間に、丸井の顔が不機嫌そうな顔から困惑したものになった

きっと俺の顔にも、多少困惑の色が出ているのかもしれない



「・・・なんだよ、それ」

「俺に聞くな、アイツに聞け」



付き合うとは、なんだろうか

俺が聞きたいくらいなんだ、アイツが急になんでそんな事を言い出したのか

そんな事考えても所詮は試供品、合わなかったら捨てられるだけか


「聞けねぇ」

「なぜだ?お前とアイツの関係なら」

「俺、しくった」

「どういう意味だ」

「聞いたには聞いたけど、俺、うまく感情とか隠せねぇから・・・なんか感情的になっちゃって、危うく俺がなまえの事を好きだって言いそうになった」



うつむき加減の丸井は、更に目線を斜め下へと向ける

それを見た俺も、思わず斜め下へと目線を向けてしまった



俺と丸井は中等部の頃からの仲間だ

そして高等部に入ってからは、なまえの話題で更に話すようになった


なまえから、丸井の話を聞いていたし

丸井からもなまえの話を聞いていた


そして俺という共通の友人が居た影響もあってか2人は余計に気が合うようだった


なまえは、そのうち丸井と付き合うのかもしれない

そんな事すら頭をよぎる

そのくらい2人で居るのを校舎内でもよく見かけた


「俺がなまえの事を好きだって言ったら、俺となまえの関係が変になっちゃうだろ、それに、俺とお前の関係も」

「そう、だな」







俺と丸井が会話する時

最初に話を切り出すのは、いつも丸井の方だ

なまえの事が好きになったという話も丸井からだった


お前もなまえが好きなんだろ、そう言われて素直とは末恐ろしいと思ったぐらいに


この素直さが丸井の良い所でもあるのだが

俺はどうしたら良いものかと悩んだ


確かに俺はなまえが好きだ、小さな頃、そう出会った当初から

それが恋心だとも、もちろん気付いていた


しかし、それを丸井に知られてしまうとは思ってもみなかった

丸井は素直な良い男だ、誰にでも優しいという面もあるが


そもそも俺本人に言う事か?

同じ部活の仲間で何年も一緒にやってきた

そしてこれからも一緒に頑張り合う仲間の俺に

俺は同世代と比べれば、テニスに感情を持ち込まないプレイはできるが

丸井は果たしてそうか、いや違うだろう


「柳の方が昔からなまえの事、知ってるだろ?それに、昔から好きなんだろ?でも、俺も好きになっちゃったんだ、言わなきゃ、気持ち悪いだろぃ?」

「俺のは、完璧な一方通行だ。アイツは俺の事を都合の良い便利な男ぐらいにしか思っていないだろ」

「・・・なんだよそれ、お得意のデータの結果か?」

「なまえのデータは・・・もう何年もとっていない」



なまえのデータをとればとるほど、彼女が俺を恋愛対象として見ていない事も分かった

それが分かってから彼女のデータをとるのをやめた

辛いという言葉は好きにはなれないが、辛いという感情しか産まれないのに

データという物は数字や事実が物をいう

自分に感情を交えずに冷静にデータをとる事が大切だ

それができないのでは、彼女のデータは必要ないと思った



そして、なるべく距離を置くように心がけるようにした

自分からアイツに近づいても何も得る物はなく


ただ辛いだけ




それを知ってか知らずか、アイツはよく俺を呼び出すようになったが






「付き合いはじめたなら・・・なんで俺に言ってくれねぇんだよ」

「言うつもりだった、が、なんせ俺自体状況が把握しきれてないんだ、いつも通りアイツの気まぐれで冗談かもしれない」

「・・・」

「2、3日様子を見るつもりだったんだ、まぁその前にお前が聞いてくる事は分かったんだが、うまく切り出せなかっただけだ」

「つまり、本当に付き合ってんだな」


確かに承諾はしたが、本当に付き合ってるのかなんて俺が聞きたい


「・・・そこはアイツに聞いてくれ、俺は半信半疑のままだし、本気なのかも分からない」

「ふーん・・・」

「・・・」





「あー、訳わかんねー!!!!!」


丸井の大声が、静まっていたはずの場所をぶち壊す

やっぱりコイツは素直な奴だ



「うわ!何叫んでんだよブン太!」

「ジャッカルー!俺はもうダメだ!全然わかんねー!」

「な、なにがだ?」

「うっせぇハゲ!黙れ!」

「はあ!?」


大声を聞きつけたのか、それとも俺たち2人が部室に戻ってこないのが気になったのか

ジャッカルがそばに駆け寄ってきた

丸井と話し始めたので、俺は部室へ戻ろうと歩きはじめる


「柳!俺は、でも、諦めてねーからな!!」

「だから何の話ししてんだ?」

「うっせぇ、ハゲ!!」

「ああ!?」


2人の掛け合いを背に俺は部室のドアを開けた

こんな事になるなら辛くてもデータを集めておけば良かった
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